「中川?!」


俺と中川は転校生組と別れてから,しばらく崖沿いを歩いていた。すると,急に後ろを歩いていた中川が倒れたのだ。


「ちょっと疲れただけみたい」


中川はそうは言うものの,顔色の悪さが明らかだった。
俺は中川の額を触ってみた。――めちゃくちゃに熱かった。


「すごい汗‥ひどい熱だぞ」


中川が苦しそうに喘ぐ。
はむやみやたらに動いてはいけないと言っていた。
俺は先ほどの事件が起きるまでは,あまりそれを真剣にとらえてはいなかった。
けれどわかったのだ。信じたくはない,けれど,やる気になっている奴は,必ずいる!絶対にいるのだ!
そして,が言っていたように,むやみに動くと,そういう連中に出くわしてしまうかもしれない。
さっきはがいてくれたから大丈夫だったが,俺(運動能力には自信があるものの)の戦闘能力なんてきっと大したことはないだろう,
おまけに俺と中川に支給された武器は,がらくた以下ときている。
俺は悩んだ。けれど,待ちきれなかった。


「村のはずれに診療所がある。そこまで行こう。立てるか?」


中川を支えて立たせてみた。
しかし,思っていた以上に中川の容態はよくないのか,立ち上がることはできずに倒れてしまった。


「中川!しっかりしろよ!中川!」





俺はそれから,ぐったりとした中川をおぶって歩いた。
敵に出会うかもしれないという状況の中で,中川と二人分の荷物を背負って進むのはとても危険だった。
しかし運がいいことに,誰にも出くわすことはなかった。
本当に,すこぶる運が良かったとしか言いようがない。
とは言っても,こんなゲームに選ばれた時点で,運はすこぶる良くない。やはり良くないようだ。

診療所に着いた。とことこと鶏が歩いている。
そして俺は最大の盲点に気がついた。
もしかすると,診療所の中に人がいるかもしれない!
善良なクラスメイト――たとえば,委員長の内海とか――であればラッキーだ,しかし,このゲームに乗ったやつだとしたら‥!
武器はがらくた,しかもこっちは病人をおぶっている。
今襲われたらどう考えても勝てないだろう。
オレは迷った末に,運に身を任せることにして,ドアを開けることに決めた。

しかし,ドアの前に近づいた,その時だ。
何か糸のようなモノに引っかかり,からんからん,と音がして,それに足が絡まって動けなくなってしまった。
どうやら罠が仕掛けられていたらしい。人間以外のもの,たとえばそこにいる鶏なんかがこんなものを仕掛けることができるわけがない。
どうやら中には人がいたようだ。それもきっと,頭が良かったり,サバイバル慣れしているやつ(俺はこんなもの,仕掛けることなんてできない)。
そんなやつに襲われたら,今の俺なんかが勝てるわけがない。
ああ,今度こそもう終わりだ――本当に終わりだ。
今までラッキーな方だったのかもしれない,けれど,そのラッキーもここまで――。
ドアがガラッと開いて,俺は身構えた。
中から出てきた人物を見て,俺は目を見開いた。


「ナベのふたに双眼鏡か。なんしに来た?」


なぜかって,そいつが――さっき別れたばかりだった,謎の転校生,川田章吾だったのだから。





「良かった。残り物の解熱剤でも聞くもんやな」


そのあと俺達は診療所に入れてもらうことができた。
ドアを入ってすぐ,俺の目に美しい微笑みが飛び込んできた。もう1人の転校生,だった。
あら,さっきぶりね,と微笑んでいたは,すぐにあとから入ってきたぐったりとした中川を見て,一瞬にして顔色を変えた。


「すぐに治療しないと!」


こうして川田とに色々と看病をしてもらった。
二人とも驚くほど馴れた手つきで,何度目かわからないほど本当に驚かされた。
そして俺は,申し訳ない,感謝の言葉を述べたいという気持ちばかりだったが,さっき川田に向けた言葉が心に残っていて,どうすればいいかわからなかった。


「1つきいていいか?」
「なんや?」
「どうして助けてくれた」
「俺は医者の息子なんや。信じひんのはわかってんやけどな」


あまりの看病の手際の良さに,たぶん本当なんだろうとは思ったが,それとは別に,川田の優しさを知った。
川田はきっと,ゲームに乗っているわけではないのだろう。襲われたら,撃つ。それはただの正当防衛だ。当たり前だった。
それに,もしかすると俺たちを助けようとしてくれたのかもしれなかった。
俺はあんまりにも申し訳なくて,何と言えばいいかわからずに,黙りこくってしまった。
中川は相変わらず,こんな状況とは思えないような穏やかな顔をして静かに眠っていた。






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