「和雄‥」 「‥」 「愛してるよ,和雄,愛してる‥」 「オレも‥愛している」 あなたは覚えてないかもしれない。 私のことも,私達の関係も,今までの思い出全ても, でも,私は忘れない。 だって,私は,あなたのことを――。 「みんな暗記した。いいよ。やってやるよ。生き残って,いい高校入ってやるよー!!」 わけのわからない数式をぶつぶつつぶやいたあと,元渕は叫んだ。元渕恭一の頭は,すでに狂ってしまっているようで,俺達に向かって言っているのか,それとも自分に言い聞かせているのか,わからなかった。けれどもしかすると,元渕自身は,生き残る理由がいい高校に入る,なんてすごくまじめな奴なんだろうか。とにかく,先ほどまで死(それも殺害されるのだ)を予感していた人間とは思えないほど,そんなどうでもいいことを考えるほどの余裕ができてしまっていた(けれどもしかしたら,人は死に伏すときほどどうでもいいことを考えるのかもしれない。ほら,こんなふうに)。 とにかくこの際そんなことどうだって良かった。こいつは完全にこれに乗っている。そして銃を持っている。こっちに発砲してきたら――こいつ,が――。 “元渕,やめろー!!” 俺がそう叫ぶ前に,ぱん,という銃声がした。俺はどちらが先に撃ったのか,と思い見てみたのだが,思いがけないことが起こっていた。元渕の血がゆるゆると流れていたのだが,は銃なんて構えてすらいなかった。元渕は,恨みがましい表情で,俺達がいる方角とは関係ない方向をじっと睨みつけていた。そしてオレは見た,俺達より少し山の斜面の上方にいるショットガンを構えた――川田章吾(男子5番)を――。 「俺の邪魔,すんじゃねぇー!!!!!」 元渕が手を庇いながら(撃たれたのであろう,あまりの急展開についていけなかったが)向かっていった。しかし,いとも簡単に殺されてしまった。もうオレの目の前で,3人の級友が死んでいった。そんな非日常どころか信じられない事態に吐き気がついあげてきたが,吐いてる場合なんかじゃないことはわかった。我慢した。その元渕恭一を殺した川田は,元渕の握っていた銃をとり,俺達の方に向けた。 「お前らの武器はなんや?」 俺は少し混乱していたので(急に現れたと思えば戦闘が始まり,俺たちは結果的に助かったものの,こいつは敵なのだろうか?味方なのだろうか?),オレと中川は急いで武器,といえるのかは定かではないが,もとい双眼鏡とナベのふたを取りだした。 「ナベのふた」 「それと,双眼鏡」 「そし‥お前?!」 川田はを見るなり驚いていた。恐らく心の底から驚いていた。どうやらこいつらは,知り合いらしかった。知り合いなら何故,教室でお互いの存在を気付いていなかったのだろう?名前も大きな声で言っていたのに?まあ,そんな演技をする必要もないだろうから,本当に二人は知り合いで,川田は全くに気付いていなかったのだろう。はというと,見てみると,ふてくされているようだった。 「気付いてなかったの?私,てっきり無視されてるのかと思ってた」 は気付いていたらしかった。むっ,と唇をひん曲げるは,俺が抱いていたイメージとは違ったが,とてもかわいらしかった。 「そんなことせんわ」 「だって‥だって,あいつは,そうだったから」 「え?」 何となくは聞き取れたの言葉の意味がわからずに聞き返そうとしたその時だった。これが再びの悪夢の始まり,そして,の過去を知るきっかけとなった。 『みんな聞いてー!!!!!あたし達の話を聞いて欲しいの!』 日下有美子(女子7番)の,何かスピーカーのようなものを通した(ちょうど,人がゆっくり眠っているときに通ってきて起こされる,あの選挙前の車から聞える声のように)声だった。声が聞こえた瞬間,川田とは声が聞えてくる方向へ走り出した。オレと中川も,について走った。 の足は,意外に早かった。クラスでもトップを争う足の持ち主のこのオレだが,男と女の差はあるものの,短い距離ならさほど変わらないんじゃないかと思った。 川田とが,銃を構えたまま座った。よく目を凝らしてみると,向こうの山に,ハンドマイクを持って叫ぶ日下と,そしてもう1人,女の子が,制服のブレザーをふっていた。 『あたし,日下でーす!今,ゆっこと一緒に北山の崖の上にいるのー!』 日下と一緒にいる女の子は,ここからはあまり見えなかったが,北野雪子(女子6番)らしかった。二人は確かに仲が良く,いつも一緒にいた。北野雪子で間違いないだろうと思った。 『私たち,戦う気なんかないのー!ほら,ゆっこ』 『ゆっこだよ。お願い,集まって。一緒にどうすればいいか考えよう』 「あの手があったか‥行くぞ」 オレは中川の手を引っ張って,向こうの山まで行こうとした。 だが――, 「ちょっと待てェ!どこいくんや!」 川田に呼び止められた。も,非難がましい目で俺達(主に俺)を見ていた。 「2人を迎えにいく」 「武器もなしでか!俺の他にやる気の奴が何人おると思ってんねん」 「そうよ。章吾の言うとおり」 『俺の他に』――やっぱりこいつもやる気だったのか。なのに何故,はともかく,俺達を殺さないんだろう‥? 「危ないならなおさらだろ。俺達は行く」 オレは行こうとしたのだが――川田に力ずくで止められた。そして,川田は空に向かって自分の支給武器であろう銃を発砲した。 ぱーん!! 『ひっ!撃つのはやめてー!!』 オレは川田の意図が分からず,オレもまた力ずくで川田を止めようとしたのだが,やっと意図が読めて,叫んだ。 「逃げろ〜!!」 「七原?!今の声,七原のだよね?」 「うん‥!」 「七原ー!!ここだよ,ここまで来て!ゆっこはね,ずっと七原のことを‥」 「ちょっと友美,やめてよ!‥っ!」 日下が何か言いかけ,北野がそれを止めた,その時だった。ぱららら,という古びたタイプライターのような音がした。日下と北野の着ていた真っ白のシャツが点々と赤く染まった。もっとも,躰の方はもっとひどいことになっているのだろう。そして誰かが,ぴょん,と飛び降りてくると,落ちていたハンドマイクを拾い上げ,北野雪子を蹴り,北野雪子の口元にそれを当てた。黒いガクランを着た,ギリシャ彫刻のように恐ろしく麗しい美貌,そして全く表情がない男――,川田,そしてもう1人の転校生・桐山和雄(男子6番)だった。 『う,うぅーうーうー‥』 北野は生きていたらしかった(日下はぴくりとも動かない,たぶん,もう――)。北野雪子のおびえた声が,ハンドマイクによって辺り一面に広がる。桐山は,先程まで全く表情がなかったその顔に,微かな笑みを浮かべていた。こいつは――こいつは,間違いなく人殺しを楽しんでいる!!その笑みは,桐山の美貌を,より一層引き出したと言っていいような笑みだったが――それが堕天使の微笑みに見えたのは,オレだけではないだろう。そして桐山は,もう1度ニヤッと笑うと,おもむろに引き金を搾った。 『キャー!!』 北野雪子のうめき声とも叫び声ともとれる声が辺り一辺に響き渡った。なんだか,地獄絵図を見ているようだった。中川の顔が,真っ青だった。さすがにこれはきついだろうと俺は中川に声をかけてやろうとしたが,もっと他のものに目を奪われてしまった。中川なんかより,それ以上に,の顔が真っ青だった。なんで先程平気で人を殺してのけたこの女の顔が,真っ青なんだ?あの男の,あまりの容赦のなさに絶句したのか?俺にはよくわからなかった。 「日下ー!北野ー!ウソだろ?返事しろよ,日下ー!」 「今度はこっち来る。行くで。」 も中川も立ち上がり,川田と一緒に行こうとした(気付けば,はもう先ほどまでのように冷静さを取り戻していた。あんな顔,なかったかのように)。けれど,オレは嫌だった。でもそれは川田が嫌だったわけではない。たぶん,この状況全てが嫌だった。 「どこへでも,勝手にいけよ!お前だって人殺しだろ?」 「七原君?」 「友達だったんだよ‥みんな狂ってるよ!どうしてそんなに簡単に殺し合えるんだよー!」 川田の目が,急にすっとすぼまった。 「それなら傷つかん方法教えたるわ。2人一緒に自殺することや。今ここで!!できひんかったらもう誰も信じんな。じゃあな」 「章吾,待って!!私も行くわ。――七原くん,中川さん,ごめんなさいね。じゃあね」 川田とは,そう言い残して走ってどこかに行ってしまった。 残ったのは,茫然としたオレと中川だけだった。 back.. next.. |