時刻は18時を回ったのだろう,美しいピアノの音色が島中に響き渡った。
そしてこの世のものとは思えないほどの美しい歌声が聞こえてきた。
がピアノの音色に合わせて歌を口ずさんでいた。
それはクラシックなんてからきしの俺も思わず聞き入ってしまうほどの甘い響きだった。
何だか英語ではないと思われるよくわからない外国語を流暢に歌っていた。
ちょうどその歌が一息ついたくらいのところで,川田はに声をかけた。


「おい‥気持ちよさそうなところを悪いんやけどな,あんま大声で歌っとったら誰かに気付かれるで」


俺としてはもう少し聞いていたかったが,まあ正論なので仕方がないだろう。
は特に悪びれる様子もなく,ふわりと笑った。


「ああ,ごめんなさい。知っていた曲だったから。
けど大丈夫よ,私に勝てる人なんて,このクラスにはいないから」
「あのなあ。桐山が来たら,どないすんねん」
「‥和雄は私の歌声を聞いて,私を殺そうとはしないわ」
「大した自信やなあ」


今はっきり,あの転校生のことを“和雄”と呼んだ。
やはりはあの転校生と知り合いということで間違いないらしい。
それも名前で呼ぶくらいだから,結構親密な仲なのかもしれない。


「今,また一人,死んだわよ」
「‥そうか」


それまで二人の会話を聞き流していただけの俺も,そのの言葉にはさすがに食いついた。


「何だって?誰のことを言ってるんだ?」
「‥あの,きれいな子。千草さん?たぶん,大好きな幼馴染に看取られながら死んだわ」


千草はまだ,放送で名前を呼ばれていない。
幼馴染とは,杉村のことだろうか。あながちあり得ない話でもなかったので,俺は少し恐ろしくなった。


「千草?千草が死んだなんて,どうして――」


そしてキタノの忌々しい声が聞こえてきた。


『――女子13番千草貴子』
「‥‥‥!!」


今度こそ本当に,戦慄を感じた。
千草がたった今死んだ保証はなかったが,がそんなつまらない嘘をつくような人間とは思えなかった。


「ごめんね。気持ち悪いでしょ?」
「いや,そんなことはない。けど,どうしてそんなことわかるんだ?」
「私,どうやら人の気配を察知できるらしいの。天気とか体調とか気分にもよるんだけど。
ああ,誰々はどこだ!なんて言わないでよ。もともとそんなためにある能力じゃないから。
千草さんはね,幸せな気持ちで最期を迎えたみたい。
そういう人の気配って,読み取りやすいのよ」


はいったい何者なのだろうか?
の不思議がまた1つ増えた。


「歌,うまいんだな」
「ありがとう。私はそうでもないと思うんだけど」
「いやすごくきれいだったよ。好きなのか?」
「歌は好きよ。自分の歌声は別に好きではないけれど。
私の歌声は軍一の歌声らしいわ。
ああ,そういえば七原くんはギター,やってたわね」
「軍‥だって?」


その中に聞き捨てならないセリフを聞いた。
しかもこいつは何で俺がギターが好きだなんて知っている?
そういえば先ほど特に気にも留めなかったが,なぜ千草と杉村が幼馴染だってことを知っていたんだ?
まだ会ったばかりで,第一名前を憶えてるってだけでもすごいのに。


「‥お前一体,何者なんだ?」


の瞳がすっとすぼまって,自身は割とどうでもよさそうだったが,
川田はを気にしているようだった。


「それを話すには,ゲームが終わるまで話しても,ぜんぜん時間が足りないでしょうね」
「話せないようなことなのか?」
「いいえ,私は一向に構わないわよ。もっとも,あなたが私をどう思うかは別にしても」
「‥じゃあ,教えてくれよ。桐山とはいったいどういう関係なんだよ」


先ほどまでたっぷりの余裕を見せつけてきていたが,今度は目に見えるほどにこわばった。
するとふっと笑って,どこか遠くを見つめた。


「‥それは,もっと,説明するのが難しいわね」


はとてもさみしそうな目で,美しく微笑んだ。
「おい七原,それ以上‥」と俺を制止しようとした川田を,
「大丈夫よ,章吾。私が悪いんだから」,と止めた。


「そうね,簡潔に言うと‥」


は重たい口を開いた。


「私は,このゲームの志願者。そして,政府認定の特別優良待遇児。
今この国でもっとも死んでもらっては困る人間の一人よ。
そして,私にとっての桐山和雄は‥」



「この世で何よりも大切な人間よ」





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