俺たちは,無我夢中で走っていた。
政府の監視の目を盗んで,なんとか中川にメッセージを伝えることはできたのだが――ゲートをくぐりぬけた瞬間に,もうこれが始まっていることを嫌でも自覚せざるをえなかった。
分校を出発したら,首に矢が刺さった天堂が歩いてきて――すぐに,ボウガンを持った赤松に襲われた。赤松が天堂を殺ったんだ,あの内気でどんくさいけど優しかった赤松が!バッグの中身の武器を確認する暇なんてなかったから,何か武器になるものはないか,この状況をどうしようか,赤松なら俺の話を聞いてくれるだろうか,と思案を巡らせていた。しかし中川がこちらに歩いてきていることに気づき,俺だけでなく中川の命までをもなくしてしまうと思って,とりあえず赤松に持っていた懐中電灯を投げた。見事にヒット!どうだ,俺は元リトルリーグの天才,ワイルドセブン七原秋也だ!赤松はその衝撃で丘の上から落ちたようだったが,またいつ狙われるともわからなかったので,中川を伴い,無我夢中で走ってきた。





走っていくうちに小さな洞窟のようなモノがあった。
俺達はそこにはいることにした。

「大丈夫?」

中川は,ビデオのお姉さんの説明中に腕を撃たれたのだった。大丈夫なわけはなかったが,俺は何と言葉をかけたらいいのか見つからなかった。畜生,こんなときさえも(いや,こんなときだからこそ,なんだろうが),傷ついてる女の子に優しい言葉の一つもかけられないのか,俺は!俺は自分を責めたが,中川はおそらく俺に心配をかけないように答えてくれた。

「平気だったから」

傷口を確認すると,痛かっただろうがどうやら弾がかすっただけのようだった。俺は本当に安心した。

「良かった。かすり傷みたい。水であらっとこ」

俺は,水を出すがてらにディパックを確認した。中に入っていた武器は――ナベのふただった。

「何だこれ?ナベのふたで戦えってのかよ」
「私のは,これみたい‥」

中川の武器は双眼鏡だった。

「ちっ,ふざけやがって。三村とか,杉村とか,みんな集めて脱出できないかな?」

そう。俺は,ずっと考えていた。このゲームに絶対に抜け穴はないのか?と。ビデオの説明を聞いているときも,出発した今も。みんなが力を合わせたら,脱出くらいできるんじゃないか?少なくとも,三村や杉村だけでも会うことができれば,絶対に仲間になってくれるし,手伝ってくれるに違いない。今だって,あいつらは脱出の方法を考えているかもしれない!けど中川は,俺の希望を打ち砕くように,こういった。

「無理だと思う」
「えっ?」
「嫌な奴だって思うかもしれないけど,私だって,他のみんなが恐いもん」

その言葉と,そういったときの中川の表情で思い出した。1年の頃,普段は明るい中川が,時々塞ぎこむというか少し落ち込んでいるときがあったあの頃は特に気にすることもなかったが,最近になって,中川がいじめられていたと知った。ノブが優しい中川をいじめやがって!と怒っていたからだ。そんな中川がそのように考えても仕方ないことだろう。むしろ,俺の考えが甘すぎるのだろうか?クラスのみんなはおろか,あの三村や杉村さえも,自分たちが助かるためなら進んでクラスメイトを殺すのだろうか。そこでふと疑問がわいた。じゃあ,なんで中川はおれと一緒にいるんだ?

「俺のことは?」
「え?」
「俺のことも恐いだろ?」
「秋也君だけは信じてる」

この場を回避するためのお世辞だったのかもしれない。しかし,中川の声色には,不安など微塵も感じられなかった。それはとてもまっすぐで,本当にその考え以外ない,といった具合だった。そんなこといわれて,俺はとてもうれしかったがちょっと恥ずかしくなって黙った。中川も,そんなこと言ってしまったことに照れたようで黙った,その時。

「そこにいるのは誰?!」

俺は,きっと中川も,身の危険なんて生易しいものなんかじゃない,絶望を感じた。






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