暗闇。知らない土地,初めて見る教室,初めて見る学生服を着た男と女,変な軍服を着た何人もの軍人らしき人たち,そして,俺らにとっては因縁深い,昔の担任キタノ。俺ら全員が思い描いていた修学旅行とは,大きく,いや正反対といってもいいだろう,全く違うものだった。


「着席」


キタノが言った。悪い意味で,ひどく懐かしく思えた。以前言われたときは誰一人としてそれを大人しく聞いて座るやつなんかいなかった。そしてそれほどかからないうちに,みんなが集団でキタノの授業を欠席するようになり,その声,言葉を聞くこともなくなった。あの頃のように,クラス全員,誰一人として座る者はいなかった。しかし今回は,恐らく反抗といった気持ちがあって着席しなかったわけではない。状況が飲み込めず,呆然としていただけだった。不安,不信,というよりも,恐らく俺たち3年B組全員,え?なんで?修学旅行は?A組とか,他のクラスの子たちは?え?え?色々な思いが頭をぐるぐる駆け巡っていた。誰1人として座らなかったため,軍人らしき人物が叫んだ。


「着席ー!」
「着せーき!!」


その凄みに,みんなははっと我に返り,慌てて座りはじめた。


「みなさん,しばらく!1年の時担任だった,キタノです」


俺たちが大嫌いだった,あの以前のような調子でキタノが自己紹介を始めた。


「今回もまた,B組を受け持つことになりました,よろしくね」


B組全員が,疑問の表情を浮かべた。受け持つ――ということは,担任になった,ということなのだろうか。しかし,俺たちには林田先生という担任がいる。トンボ,なんて愛称で親しまれている,最高の先生だ。しかし俺たちは,さらに状況を飲み込めなくなる。


「転校生3人紹介します」


修学旅行に転校生?なんだそりゃ?


「そっちが,川田章吾(男子5番)君」


誰一人として状況が飲みこめている者はいなさそうなのに,キタノはそんな俺たちを無視して転校生という人物たちの紹介を始めた。さっきの逞しい体つきの男は,川田章吾というらしい。


「そっちが,桐山和雄(男子6番)君」


金髪フラッパーパーマは,桐山和雄。


「んで,お前ら,特に男どもは気になってしょうがないだろ?そっちの美人は,ちゃん(女子22番)」
「こんにちは」


超絶的美形の女のは,本当に美しい顔に愛らしい少女のようなほほ笑みを浮かべていった。先ほどまで張りつめていた男どもの頬が,ほんのり赤く染まった。みんな現金なやつらだ,と思いながらも,俺でさえも一瞬この状況を忘れてしまいそうなほどの美しさだった。それは,このクラスでいえば美しいとされる,相馬光子や千草貴子とは全く違う種類の美しさだった。


「みんな,仲良くやってね」


そういって,キタノが黒板に何か書き始めた。


「おい,ふざけんなよ,ここどこだよ?」
「これは一体何なんですか?」
「この人達誰なんですか?」


上から,笹川竜平(男子10番),内海幸枝(女子2番),野田聡美(女子17番)がいった。野田聡美がそういうのと同時に,谷沢はるか(女子12番)が立った。


『BR法.』


「この法律なんだか知ってるか?」


自分が書いた単語を指さしながら云うキタノ。みんな知らないのだろう,黙り込んだ。


「はい,だめ,だめー。この国はもうダメになりました,何でダメかというと,そこ私語してんじゃねーこのヤロー!」
「うぜえなぁ!」


キタノがチョークを投げたせいでキレた矢作好美(女子21番)が叫ぶ。


「人が話をしているときは,静かに聞きなさい」


矢作の反抗を先ほどの調子で叱るかと思いきや,意外にもやさしく言い聞かせただけだった。その声音には憐みが含まれているように感じた。


「先生,トイレ行っても良い?」


ちょうどその話を折ったのは,先ほどの話にも出てきた,B組で一,二を争う美人の千草貴子だった。


「もうちょっと我慢してくれないかな,千草。先生久しぶりなんだから」


ノブの近くに寄っていく。


「国信。痛かったなー,お尻」


そう言いながら,キタノはノブの近くをぐるぐるまわりはじめた。まわりのみんなは恐ろしがってというより不気味がり,キタノが通れるように道をあけた。


「オレがやめる前,お前もう学校来なくて良いっつったよな。そしたら,ホントに来なくなっちゃうんだもん。ダメだよな,ダメなくせに,修学旅行だけ一人前に来ても良いと思ったのか?!」


キタノがノブに叫んだ。余計なお世話だ!ノブは悩みぬいて修学旅行に行くことを決心したんだ!ノブもそう考えたのか,この状況で精いっぱいの反抗として,いーっとした。


バシッ


キタノがノブを叩いた音だった。ムカツいて思わず立ち上がって文句を言ってやろうかと思ったのだが,何だか状況がさっぱりわからないため,抑えた。ノブはキタノを睨み付けていた。


「いいか?この国は,この国信みたいな奴のせいですっかりダメになってしまいました」


急にキタノが真顔になった。


「だから偉い人達は相談して,この法律を作りました」


キタノが黒板を指さした。

「バトル・ロワイアル!そこで,今日は皆さんに,ちょっと殺し合いをしてもらいます」


しん――と静まりかえった。俺は場違いにも,時が止まるとは,まさしくこういうことだな,“殺し合い”,なんて響き,初めて聞いたな,なんて思った。普通では考えられないような意味を,その言葉は含んでいたが,俺の頭はすっかり現実逃避していた,そしてきっとそれは,俺だけではなかった。頭の中が整理されて感情が追いついたとき,冷静になんてなれるはずもなかった。殺し合い――殺し合いだと?!ふざけるな!
まわりの奴等は顔が真っ青で脅えているのに,なぜか転校生は,ひどく冷静に,冷やかな目線でキタノを見据えていた。


「最後の1人になるまでです,反則はありません」
「ぐひひひ,ぐひ,ぐひ」


キタノを指さしながら奇妙な笑い方をしたのは,飯島敬太(男子2番)。顔はなかなかカッコイイのに,この笑い方がいまいち女子受けが悪い。


「何がおかしい」


きっと何かがおかしかったわけではなく,いろいろな感情が絡まって,笑わざるをえなかったのだろう。いつもはお調子者の飯島だが,キタノの真剣さを感じ取ったのだろう,笑いを止めた。続いて,内海幸枝が質問した。


「先生,云ってる意味がよく分からないのですが‥まさかこれって!」


内海はどんな言葉を続けるつもりだったのだろう。キタノはその幸枝の言葉を遮った。そして先ほどまでの真剣な表情から,いつものふざけたような表情に戻った。


「実は担任の林田先生な,B組でこれやることにものすごく反対したんだ」


兵士達が,何かを運んできた。担架?恐らく,人が寝ている。――なんだ,あれは?


教室の前にその担架をおいたと思ったら,と同時に布をめくった。ソプラノなんかよりもっと高い叫び声が響き渡った。


「キャー!!」


あのトンボだった。本当に,あの,トンボ,“だった”。しかし,こちらのトンボは,もう,おちゃらかほいなんてしないだろう。それに,もう俺たちに勉強を教えてくれることもないだろう。ご飯を食べることも,話すことも,俺たちに向かってあの優しい笑顔を向けることさえも――。


「はい,騒がない,騒がない!はい,これはダメな大人です。みんな,こんな大人にならないようにしましょう」


これは間違いなく始まっている。夢なんかじゃない,妄想なんかでもどっきりでもない。まぎれもない,現実なんだ――。全員が,絶望した。


「それじゃあ,ビデオ見てもらいます。喋んなよ」


そのキタノの一言は,死の宣告だった。




藤吉文世(女子18番),国信慶時(男子7番)が死んだ。もう殆どが出発し,残っているのは矢作好美と私だけ。


「女子21番矢作好美さん」


先ほどまでの剣幕はどこへいったのやら涙をぼろぼろこぼしながら矢作好美がでていった,そして――。


「女子22番さん」


私は静かに立ち,そして静かに歩いて教台の前まで行った。


「死ぬつもりか?」
「ばかなこと言わないで。この私が死ぬわけないでしょう?」
「相変わらず大した自信だな,行って来い。頑張れよ」
「言われなくても分かってるわ」

私はディパックを受け取り出発した。私は死なない。この私が死ぬはずがない,そして私は死ねない。このゲームに挑む目的を達成するまで,私は死ねない――。




(どうしてあの女がいるんだ?)


麗しい美貌、すらっとしたモデル体型,にもかかわらず,顔は石膏のように無表情な男,桐山和雄(男子6番)は林の茂みの中を,忍者のように素早くしなやかに走っていた。


まあいい。オレは,道端の石ころを退かすだけだ。


不敵な笑みを浮かべ,彼は暗闇の中へ消えていった。









ねえ,分かる?
私がこれに参加した理由。

今のあなたはあなたじゃないわ,あなたじゃないの。
え,なぜかって?

私は覚えている,そして絶対に忘れない――。
あの頃の,優しいあなたの笑顔を――。



【残り41人】







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