オレの名前は七原秋也(男子15番)。小学4年で母が出ていき,中学の入学式に親父が首を吊った。不幸のどん底で,何が何だかわからなくて,けれど,俺は確かにこのくそったれな日々を駆け抜けてきた。そして気づけばいつの間にか,俺達の義務教育も終わろうとしていた。 今日は待ちに待った修学旅行。バス中が騒ぎまくっている。友達と一緒に雑誌を読んだり,携帯を弄ったり,みんなが思い思いに楽しんでいた。一番五月蝿いのは,一番後ろに座っている林田先生と委員長グループだ。みんなでおちゃらかほいでもやっているのだろうか? ふいに,窓の外に目をやると,道の端にBRと書かれたトラックが何台も止まっていた。そのまわりには軍兵がトランシーバーのようなものを持って,連絡を取り合っているらしかった。まわりのみんなは全く気付いてないようだった。――なんだ,あれは? 「七原君」 ぼんやり考えていると,高く澄んだ,可愛らしい声で現実に引き戻された。同じクラスの中川典子(女子15番)だった。オレの無二の親友・国信慶時(男子7番)の思い人だ。 「クッキー焼いてきたの,みんなで食べようと思って。よかったら,ノブ君と食べて」 ノブ君,とは国信慶時の愛称だ。オレが手を伸ばそうとしたその時, 「マジ良いの?!いっただっき〜!」 と,ノブが幸せを露わにして,横から手を出してきてクッキーを頬張った。 「こっち向いてー」 典子の親友の江藤恵(女子3番)がいう。おとなしくて控えめな典子より,明るく元気な女の子だ。 「はいはーい」 ノブがイスから乗り出した格好でピースする。オレは写真がわりと苦手なので,適当な顔を作った。 「はい、チーズ」 ピカッとフラッシュが光る。ポラロイドカメラなので,すぐに下方からガーッと写真が出てきた。 「典子さ,ずーっと渡せなかったんだよね,クッキー」 「恵!」 「いーの!」 「なぁ,おい,これ美味いぜ。秋也ももらえよ」 と云いながら,ノブがクッキーが入った袋を差し出した。けど,俺はノブの申し出を丁重に断ることにした。ノブのあんなに嬉しそうな顔を見たら,悪いことをしているようで,とても食べられなかった。 「良いよ,ノブ食えよ」 まあ,ほんとのことを言うと,少しは食べたかったんだけど。今日は楽しい修学旅行とノブの笑顔に免じて,譲ってやることにした。 「中川」 ノブが中川を呼ぶ。多少顔が赤らんでいるのは,気のせいだろうか,いや気のせいではないだろう。 「俺,やっぱ来てよかったよ。ありがとな」 「よかったね,ノブ君」 中川がノブにニッコリ笑うと,ノブが一気に顔を真っ赤にして, 口をもぐもぐさせて言葉を発さなくなった。本当にわかりやすいやつだなと,俺はふっと笑ってしまったが,中川はノブのこの気持ちに気が付いているのだろうか。きっと,気づいていないだろうが。 「はーい,出来たよ♪」 浮かび上がったらしい写真を手に,いつもの江藤の明るい声が聞こえてきた。その声とは裏腹に,写真を見るなり,ノブが今度は違う意味で顔を真っ赤にした。 「おい,なんだよ,これ!」 何事かと思ったが‥‥俺も笑ってしまった。ノブの首から上が写っておらず,ノブと中川(と俺?)が写っていたはずの写真が,まるきり俺と中川のツーショット写真へと化していた。 バス中に響き渡るほどの江藤の明るい笑い声,たぶん静かであろう俺の笑い声,中川の控え目でけれど本当に心の底から楽しんでいる笑い声,ノブが江藤に文句を垂れている声,それからしばらく笑い合っていたと思ったのだが――。 丁度バスがトンネルに差し掛かったところだった。俺は目が覚めた。いつの間に寝てしまったのかは全く分からないが,それ以上に気になることがあった。 何かがおかしかった。まず,頭が重い。それは寝起きで頭がぼうっとするなあとか,そんなレベルの重さじゃない。瞼が重すぎて目が開かないし,頭が訛り玉になったかのように重い。そして,目の焦点が合わず,ぼんやりとしかものが見えない。そして,辺りのあまりの静けさに周りを見ると,バス中に寝ていた全員(正式に言うと,運転手以外)が寝ているようだった。それも熟睡しているらしい。 俺はノブを探そうと後ろを見た。クッキーが落ちていた,あれは中川らしかった。あれは――よく見えないからハッキリとは分からないが,多分,おちゃらかほいをしていた林田の足だろう。 何故か目に留まったクッキーを拾おうと思い,歩いていこうと思ったのだが,思うように体が動かなかったため,バスの座席を頼りにそっちの方に向かい,クッキーを拾った。すると意識がぼうっとしすぎていてあまり周りに気を配れていなかったのだが,後ろから,何かが近づいてきているようだった。振り向くと,バスガイドが立っていた。 (‥‥!) 突然すぐ後方に人が立っていたことにも確かに驚いたが,俺が目を見張ったのはそんなことが原因ではなかった。バスガイドの顔が――酸素マスクのようなもので覆われていた。酸素マスク!映画でお目にかかるような,あれだ。とても修学旅行で目にできるような代物ではなかった。そして,手には堅そうな鉄パイプのような――鉄パイプ!それを認識した頃には,バスガイドにその鉄パイプのようなものを俺の頭上めがけて振り下ろされていて,俺は意識を失っていた。。 「ん‥‥」 俺は目が覚めた。頭がガンガン痛んだ。 「っ‥」 そこで俺はあの酸素マスクをつけたバスガイドに殴られたことを思い出した。痛む頭をさすりながら,俺は辺りが異様な空気に包まれていることに気が付いた。 ――どこだ,ここは? どうやら室内にいるらしかったが,真っ暗で,周りは見渡しにくい。どうやら俺は椅子に座らされ(たに違いない,俺は殴られてから目を覚ましていないはずだ)て,机に頭をつっふしていた。この机は――椅子も,どこの学校にもよくあるような,学校用の椅子と机だった。少し目が暗闇に慣れてきて周りの人間を見てみたが,俺と同じように椅子に座って机に伏して寝ているようだった。しかしクラスの人間全員には少し足りないような気がしたのだが,床を見ると,床に寝転がっている生徒もいた。ここはどうやら教室らしき場所だった。一瞬学校に帰ってきたのか‥?とも思ったが,どうやら城岩学園中学校3年B組の教室ではないようだった。あの教室に比べて,随分古ぼけてあまり使われていないように感じた。さっきまで修学旅行の目的地を目指してバスに乗っていたはずなのに――何故か俺たちは,見知らぬ教室にいた。ふと,首が締め付けられるように痛いことに気がついて,無意識のうちに首に触れる。 なんだ,これ? それはひどくヒンヤリとした感触だった。 首輪‥? 丁度棒状のようなものが首に巻き付いている。はずそうと試みたが,一向にとれる気配がなかった。 ふいに近くに寝っ転がっている中川が目についた。 「中川,中川」 中川が身じろぎをして目を覚ます。中川の首に,首輪のようなものがついていた。――何だ,これは?そこで,隣に寝ているノブに気がついた。 「ノブ,ノブ」 「んだよ‥」 いつものようにノブが寝起きの悪さを発揮している。しかし,ノブの首にも首輪が‥?全く状況が読めなかった。畜生,首輪だって?何だってこんなものが――俺達は犬か? そうしてようやく,クラスメイト達が目を覚まし始めた。 「ひっ‥!!」 後ろを振り返ると,教室の後ろを見た人間がみんな脅えた表情になっていることに気がついた。そこには,男が2人と女が1人,座っていた。3人とも初めて見る奴等だった。 1人は,同性の秋也が見惚れるくらい逞しい体つきをしている。頭にバンダナを巻いていて,さしずめテキ屋の兄ちゃんのような面貌だった。もう1人は,金髪フラッパーパーマで,恐ろしいほどの美貌。瞳がとっても愛くるしいが,少し不気味な雰囲気が漂っていた。学ランを着崩しておりどこかけだるそうで,ガムを噛んでいる。そして最後の1人――女は,一言で言うと,ものすごい美人だ。3年B組で美人といえば,相馬光子(女子十一番)や千草貴子(女子十三番)だが,負けず劣らず,いや,それ以上だろうか,とにかく今まで見たことないくらい綺麗な女だった。その,綺麗な顔を少しだけ歪ませて,金髪フラッパーパーマの方を見つめていた(2人は知り合いなのだろうか?)。 ブルルルル‥ そんなことを考えていたら,外から音がし始めた。クラスメイト達が,窓の方へ集まる。上空に,BRと書かれたヘリが飛んでいた。そのヘリが,俺達がいる部屋の窓を光りで照らす。ヘリはこの学校のグラウンドに着陸した。ドアの向こう(多分廊下だ)から恐ろしいほど規則的な足音がして,近づいてきた。ガラッとドアが開くと,数名の男が入ってきた。 カチッ 電気がついて,明るくなり,みんな突然のまぶしさに眉をひそめたが,それはあまり意味をなさず,すぐに目を大きく見開くこととなった。そこにいたのは‥ 「キタノ?」 ノブが言う。清水も, 「キタノ?」 「うそ――」 一年の時,ノブに太股あたりを刺されてから間もなく,この学校を去った,キタノだった。 next.. |