「おーい,!ゲーセン行こうぜ,ゲーセン!」

手をのばせば届くほどの距離にいるのに,

「あの子,可愛いよな‥」

だんだん遠ざかって行くような気がした。

「俺,あの子と付き合うことになったんだ!」

そして,とうとう見えなくなった。






「あ!見て見て!切原くんと百花,今日も一緒に帰ってるよー」
「ほんとだー!うらやましい〜。でも,百花ちゃん,ほんっとにかわいいもんねえ〜」
「うんっ。悔しいけど,お似合いだよねえ」

いつからだろう。きっと,私の記憶が間違ってなかったら,赤也と毎日並んで一緒に帰ってたのは,私のはずだったのに。

「ねえねえ!今見ちゃった!赤也くんと百花ちゃん,今下駄箱のとこでチューしてたよ〜!」

私,きっと今,すごく醜い顔してる。

「えええ!!赤也くんがそんなことするなんて〜‥ショック〜!」
「まあ,相手があんなにかわいい百花だしねえ‥」
「ああー私も赤也くんみたいな彼氏,ほしいなあ」

こぼれそうになる涙を必死で抑え込んで,私はトイレに駆け込んだ。
もう,あの子と赤也が付き合いだしてから,ほんとびっくりするくらいなんでもなくても突然涙がこぼれたりして,情緒不安定なのかよーって,でも,誰も慰めちゃくれない。誰にも言えない。赤也のことが,好きだ,なんて――。


赤也とはいつから一緒にいたのかわからないくらい本当にずっと昔からずっとずっと一緒に過ごしてきた。家が隣同士の,家族ぐるみの腐れ縁。
ちっちゃいころの赤也は本当にちっちゃくて,いじめられっ子で,泣き虫で,いつも目に涙を浮かばせながら「くそう!」ってすっごい悔しそうな顔をして何度も何度もはむかっていってたのを覚えてる。気づけばやり返せるようになって,気づけばすっごい喧嘩強くなって,気づけばだれにもいじめられなくなってた。
いつだかの遠足,私が当時よくちょっかいかけられてた男子にまたちょっかいをかけられてて,ふとしたはずみに山から転げ落ちそうになった時もそいつをぼこぼこにして,助けてくれた。

「こいつをいじめていいのは俺だけなんだ,どっか行け!」

言ってる意味はぜんっぜんわからなかったけど,心の底では本当にうれしかった。あのときからなのかな?ううん,いつこんな気持ちになったかなんてもうぜんぜんわからないくらい,本当にずっと一緒にいたんだ。
小5のとき,私と赤也が付き合ってるって噂になったときも,そういう年頃だし,避けられるかな‥って落ち込んでた私に,帰りの時間になったら必ず毎日毎日「おーい !一緒に帰ろうぜ!」って呼びに来てくれた。
私は赤也がちょっと好きなのかなあ,よくわかんないけど,そうだとしたら赤也もそうなんだ,ってそれはこれから先もずっと変わらないんだろうなって,信じてたのに――。


「学年トップクラスの美少女小原百花が,切原赤也を狙ってる!」


そんな噂を耳にしたのはいつだっただろうか。あのとき頭の中でずっと危険信号が鳴ってた。そんなことないよ,大丈夫,赤也と私は今まで通りずっと仲良し,何度心に言い聞かせても焦りは止まらなかった。
私は自分がなんでこんなに焦っているのかぜんぜんわからなかった。そしてだんだんだんだん,ふつふつと,その答えがわきあがってきた。授業を受けてても,体育の時間でも,家で一人でいる時も,寝る前,目をつぶってさえ思い浮かぶのは,赤也のあの笑顔だって――。
そしてちょうどそのころ赤也の目が小原百花を追っていることに私は気づいてしまった。

「‥でね,今日は英語の発音がすごくいいねって先生に褒められたんだ!」
「へえー‥」

だんだんと赤也の反応が薄くなっていってることにも気づいてた。

「あんなうざってえ英語教師の話なんて,聞きたくねえよー。気を取り直して,今日もゲーセン行こうぜ,ゲーセン!格ゲー何人抜きすっかなー!」

毎日見てた,あの無邪気な笑顔は,今,誰に向けられているのだろう。

「‥‥‥‥」

赤也は今,誰のことを考え,思っているんだろう。現実から逃れるように,私は決定的な言葉が出るまで,今まで通り赤也に接するように努めた,しかし――。

!‥お前にさ,話したいことあるんだけど」
「‥うん,何?どうしたの,そんなに改まっちゃって!」

ねえ赤也,私今,どんな顔してる?一生懸命笑えてる?

「うちのクラスにさあ,小原百花っているじゃん。俺,あいつと最近いい感じってか,結構噂とかにもなってて,さ。俺自身,結構いいな‥なんて思ってたりすんだけど。告ったら付き合うことになんのかなあ!」

そう言って,赤也はいつもみたいににかっと,でもすごく幸せそうに笑った。そのときよく思い知った。赤也の頭の中に,心の中に,私はいないって――。


いつの間にこんなに離れていたのだろう。いつも,赤也の1番近くにいたはずなのに,気づけばその場所は,私じゃない,他の誰かが独占してた。


こんな日に限って急に雨が降る。ついてないなあってためいきついて,私の心を表しているかのよう‥なんて詩人みたいなことを思ってばっかじゃないのって心で自分に突っ込んで,結構おもしろかったはずなのに,止まったはずの涙がまたぽろっとこぼれた。

もう,だれかに見られたら大変じゃん!早く止まって,早く家に帰らなきゃ,もうすぐ見たいドラマ始まっちゃ――。ぽろっとこぼれた涙が,ぽとっぽとっとこぼれて,ぼろぼろと,流れ出した。
雨でごまかせるかなって前向きに考えたけど,なんだか体が重くなって,一生懸命歩こうとしたのに動かなくって,そのまま体が倒れこんでいくような感覚がして,私は意識を手放した――。

「おい,大丈夫かい?!」

そんな声が聞こえたような気がしたけど,たぶん,自分の妄想か,気持ちのいい夢だったんだろう。もし夢なんだったら,小原さんと付き合う前の赤也だったらいいな――。






こんなことになったのは,離れて行ったせいなんかじゃない。
最初から,壁があったんだ。
“幼馴染”,という壁が――。







 top next