「よう,
「‥‥」
「今日も相変わらずつれねーじゃねえの,アーン?」
「‥‥‥」
「まあ,俺様はお前のそういうところも気に入ってるんだがなあ。全くいい女だぜ」


ここらへんで,跡部くんはいつものように私の顎をぐっと掴む。私はそれをわかってるから,あらかじめ用意しておいた教科書でガードし,シカトをやめてやっと跡部くんに反論を始める。


「‥もう,いい加減跡部くんしつこい!!」
「そうやって俺様にはむかってくるのは,お前が初めてだぜ。とりあえずは席に戻ってやるが,次の休み時間,また来てやるからな」
「来なくていい!っていうかほんとまじで来ないで!!」
「ふん,素直じゃねえなあ。まあいい,忘れんなよ」
「もうー!!!」


あのクソキザ俺様生意気わがまま野郎ー!!なんて叫びたくなる衝動をぐっとこらえて朝の会の始まりを待つ,これがいつもの私の朝の日常。






「今日も跡部様,にぞっこんだったね!」
「てかさ,ってなんであんな跡部様には冷たいの?みんなすっごい羨ましがってるよ。あの跡部様に言い寄られてるーって。んで,ついでにあの跡部様に対して,何よあの態度,って」


初めはクラス中どころか学校中の女子から言われていたこんな言葉も,いつの日か日常と化してしまったこんな光景に,仲のいい子ぐらいにしか言われることがなくなっていた。


「いやいやいや,かっこいいかかっこよくないかは置いといてさ,みんながみんなあんなやつが好きだって思ったら大間違いだし,むしろそんなこと言われるのが嫌だから関わりたくないだけだし」


そして誰に何と聞かれても私の答えは一緒。この言葉に嘘偽りはない,本当だ。跡部親衛隊の陰湿さと言ったらこの氷帝学園で知らないものはいないだろう。最悪跡部くんに「跡部くん,榊先生が呼んでたよー」なんて話しかけたのを見られてしまっただけで,「すみません,ちょっといいかしら?」なんて体育館裏などに呼び出される始末だ。そりゃいうなれば女同士だから,そこまで恐れているわけでもないけれど,できれば目なんてつけられたくないに決まっている。私は平穏な学園生活を送りたい。
それに加え,少なくとも私は跡部くんのああいう身勝手なところは全く好きだとは思わない。大体さ,何なの“跡部様”って?せいぜい2つくらいしか年齢違わないよね?確かにきれいな顔をしてるし,スポーツも勉強もできるし,あの大所帯のテニス部部長に生徒会長なんて統率力もカリスマ性もあるみたいだし,家だってこのお金持ちぞろいの氷帝の中でもありえないぐらいの大金持ちみたいだけどさあ。逆にあんなふうにキャーキャー騒ぐのが普通の中学生の女の子の感覚で,私が普通の中学生の女の子の感覚を持ち合わせていないだけなんだろうか。
とにかく私は,跡部くんの取り巻きの1人になるのはまっぴらごめんだった。


の趣味って,よくわかんないね。跡部様,かっこいいのに」
「うんっ。私ならすぐあの腕に飛び込んじゃうなー!」
「っていうか,あれ絶対からかってるだけだから!じゃないと,別に接点もない私に跡部くんみたいな人が言い寄ってくるわけないから!もうお願いだからあんなの真に受けて,こんな話してこないで!」
「「はいはーい」」


第一,跡部くんともあろうものが,こんな平穏に細々と過ごしたい!なんて願ってひっそりと学校生活を送っているような,どこにでもいそうなふつうの女の子に入れ込むわけがないのだ。なんでその標的が私になったのかは知らないけど,とにかく私は,跡部くんのからかうためのおもちゃに過ぎないんだ。だから一時のそのお戯れに付き合わされて,変な波風を立たされるなんてまっぴらごめんだ。だから極力関わらないようにしているんだけど,


「よう,


毎度毎度,休み時間になるたびに私の目の前に現れる。自習中なら私の隣の席の人を自分の席に座らせて,隣の席に座って,そりゃあもうずっと,なんでこの人こんなにめげないんだってくらいに話しかけてくる。体育の時間なら「,俺様の美技に酔いな!」なんてサッカーでシュートを決めてるし(あれってテニスのための台詞じゃないの?),
大体たぶんこのクラスになった日,急に気品を身にまとったように高々に手を挙げて,「先生,俺をの隣の席にしていただきたいのですが」なんて言い出して,先生も別にいいみたいな雰囲気出してて,クラス中がざわついて,私が急な事態にあまりに焦って,「先生!私目が悪いので前の席にしてください!」と逃げると(せっかく1番後ろだったのに!内職し放題だったのに!最悪!),「じゃあ先生,俺も前の席でお願いします」と追いかけてきて,そこでちょうどよくチャイムが鳴って「またあとで話しに来いなー」と先生が出て行った瞬間に跡部くんに詰め寄って,散々意味のわからない言い争いをギャーギャーしたあげく,「こんなことするんだったら,もう学校来ないからね!」と言うと,跡部くんはちっと舌打ちをして引きさがった。跡部くんともあろう人が,私なんかが学校に来ようが来るまいがどうでもいいだろうに,とは思ったけれど,ひとまず一件落着した(まあそっか,生徒会長のせいで学校来なくなったとかなったら,なんか印象悪いもんね)。


「今期末の勉強してるの,話しかけないで」


もうシカトという戦略は散々使い果たしたので,私は勉強に打ち込むことにした。


「ほう。馬鹿でも一生懸命勉強するもんなんだな」


もうほんっとウザいこの俺様野郎!!


「意味わかんないし!!私跡部くんより点取れないだけで別に馬鹿じゃないし!!」
「ああ,知ってるがな」
「っていうかむしろ馬鹿だから一生懸命するもんだと思うし!!跡部くんなら別にわざわざ勉強しなくてもできるでしょ?!」
「それもそうだな」


「分からないところがあったら遠慮なく聞きな」と言いながら,当然のように隣の席に跡部くんは座った。‥うう,めっちゃこっち見てるし。こんなんじゃぜんぜん集中できない!!なんで集中できないかって?横目で入ってくる跡部くんだけじゃ物足りなくて,ちらっとだけ見てしまった。
金みたいな色素の薄い繊細な髪,ブルーの瞳,透き通った肌,こんなにきれいな顔なのに,いつも意地悪な笑顔を浮かべていて,でもそれも彼らしいというか,彼の魅力を存分に引き出していて,とてもかっこいい。そう。要するに,私は,ほんと自分でも頭がおかしいんじゃないかと思うが,


惚れているのだ。この超絶俺様野郎に。


けれどこれだけは勘違いしてほしくないのは,私は他の女の子のように,“顔がかっこいいから”とか,“本物の王子様みたいだから”とか,決してそんな理由で好きになったわけではない。


たぶんあれはまだ1年生の頃だったと思う。入学して間もなくあのテニス部の部長になった跡部くんは,そのルックスなども含めたぶん4月が終わるころまでにはもう学年どころか学校中でも知らない人はいないのではないかというくらいになっていた。けど私は元来そういうのに興味はなかったので,私の彼への認識はようやく顔と名前が一致するかしないかくらいのもので,「ふーん,すごい人なんだなあ」と感心する反面,「目立ちたがりだなあ」とも思っていて,たぶんプラスどころかむしろマイナスのイメージだった。


そんなある日私がたまたま担任に捕まってしまい,同じクラスの芥川くんにプリントを持って行かされるはめになってしまったときのことだった(芥川くんはいつも寝ていて,やっぱりそのときも寝てて,1人だけプリントを受け取れなかったらしい)。


(あ‥あれって)


跡部くんが練習していた。いつもだったらテニスコートでジャージをばさっと放り投げて,指パッチンをして,「俺だ」なんて決めてるくせに,この日は何だか様子が違った。誰もいないところで必死に,跡部くんには似つかわしくないような地味な素振りをしていた。その瞳には,ただ“強くなりたい”,その気持ちだけしか映っていなかった。


そのとき思ったのだった。確かに跡部くんは目立ちたがりで,いけすかないところもあるけど,それは全部この努力の賜物だったのだと。跡部くんは,目的も努力もなくただ調子に乗ってるだけのような,そんな人間ではなかったのだ。私は素直に,その瞳に強く惹かれた。


(かっこいい‥)


私と同い年なのに,こんなに何かに打ちこめている跡部くんが羨ましくて,本当に心から尊敬して,私はスポーツドリンクを買って,こっそり置いておいた。目立つようには置かなかったので,もしかしたら気付かないかもしれないし,第一あの跡部くんが地面に置いてある誰のかもわからないスポーツドリンクなんて飲むと思えないけど,今まで勝手に悪いイメージを持っててごめんねと,がんばってね,応援してるよという私の気持ちだった。


そして日が経つうちに,勉強も,生徒会の仕事も,テニス部の部長も,大変なことばかりを多忙なスケジュールの中でこなす跡部くんの見えない努力に私は惹かれていくばかりだった。かといって,チキンで何にも取り柄のない私は,跡部くんとお近づきになろうなんてこれっぽっちも思わず,たまに耳に入ってくる「跡部様,1年の超可愛いって有名なお嬢様に告られたらしいよ!」という噂に心を痛め,「結局断ったんだって!」という噂にその子にはごめんと思いつつもほっと胸をおろすだけの日々を送っていた。


冗談に決まっている,と思う反面,冗談であってほしくないという自分がいる。でも,もし私が跡部くんになびいたときに,


「あーん?何本気にしてんだてめぇ。冗談に決まってるじゃねぇか。誰がお前みたいな女」


なんて言われるのが怖い。第一跡部くんの気持ちがそれなりに本気のものだとしたって,たぶん跡部くんがこんなに私にかまってくるのは,


「俺様にはむかってくるのは,お前が初めてだぜ」


この言葉に表れているままのことで,たぶん跡部くんは跡部くんになびかない私が,ただ単に物珍しいんだろう。だったら私は,跡部くんになびくことは一生できない。一か八か応えてみたら?と思ったことはある,けど,興味を失われた時のことを考えると,怖くてできなかった。


跡部くんと付き合いたい。部活の休憩にタオルやドリンクを差し入れしたり,手を繋いで一緒に帰ったり,デートだってしたい。たまには冷やかされたりしながら(跡部くんを冷やかす人なんかいないか),文化祭とか,修学旅行の自由行動とかに一緒にまわったりもしたい。
けど,あの跡部くんと私で,そんな夢,叶うはずもなかった。


そう割り切れていたはずなのに,何度かクラスメイトなどに「付き合ってください」と言われたりもしたのだけれど,付き合うことはできなかった。たぶん自分で思っている以上に,私は跡部くんが好きだったみたいだ。


そんな私にとって,今は転機なのかもしれない。しかし,これはやはり違うと思うのだ。好きであれば,誰もいないところで「好きです,付き合ってください」なんて告白したりするものだと思うわけで,跡部くんの行動は,いくら型にはまらない跡部くんといえど,本気だなんてとても思えない。恥ずかしいな,迷惑だな,と思わないこともなかったけれど,内心は跡部くんが私を見てくれていることにたぶんすごく喜んでいた。





ある日いつものように登校していると,何だか学校中の女子がそわそわしていて,下駄箱へ着いたら,私のクラスの出席番号1番の靴箱の中にぎっしり手紙やらプレゼントやらが溢れんばかりどころか下にこぼれおちているくらい詰まっていて,ああそっか,今日は跡部くんの誕生日なんだ,と気付いた。もちろん忘れていたわけではないのだけれど,跡部くんの誕生日だから私に何か関係があるわけでもなく,特に気に留めていなかった。ただちょっと(いやすごーく)校内が騒がしくなるだけのことで。そして,好きな人が1つ年齢を重ねるだけのことで。


その考えはきっと甘かったんだろう。跡部くんの机の中やカバンにはもうありえなくらいのかわいらしくラッピングされた箱が詰まっていたのだけれど(入りきらずに周りに並べてあった),いつものように朝練を終えた跡部くんが教室に入ってきて,私を見て,いつものように私はそれを確認すると教科書を両手で握りしめる,すると,「よう,」なんて声が聞こえてきて,私はやっぱりシカトして――。ん?おかしい,跡部くんの声が聞こえてこない,と思って教室のドアの方を見てみた。


「跡部先輩!!」


髪をくるくる巻いてきれいに飾りつけて,かわいらしくメイクをして,適度に制服を着崩して,それはもうかわいらしい天使のような女の子が,手紙のようなものを跡部くんの胸に突き出して叫んでいた。今から起こることをまわりは何となく予想してか,わらわらと集まってきた。確かあれは2年生で1番美人と有名な‥また昔の私に戻ったように,ざわざわと胸が騒いだ。


「私,跡部先輩のことがずっと好きでした!」


ぱっちりとした目をもっとぱっちりさせて跡部くんをまっすぐ見つめる彼女は,まさか自分が断られるなんてことを微塵にも思っていないような,そんな自信に満ちていて,けれどもそれは全く嫌みでもなんでもなく,彼女の魅力をことさらに引き立てていた。実際すごくかわいいし,たぶん今まで断られたことなんてないのだろう。


「私,跡部先輩のために,ずっと可愛くなろうって努力して‥たぶん,努力は叶ったって思うんです。だから思いを伝えにきました!」


跡部くんは特に何も言おうとはせず,いつもの上から目線で彼女を見ていた。それでも嫌そうだとかそんな気持ちは少しも感じられなかった。そりゃ,跡部くんほどにモテる人でも,あんな可愛い女の子に好きと言われてうれしくないわけがないよね,と落ち込んでいると,跡部くんが口を開いた。その場にいる全員(でもたぶん,私が1番)跡部くんの第一声に注目した。


「‥ああ,確かに,見た目は悪くねぇな」


一気に奈落の底に落とされたような気持ちになった私とは裏腹に,もうOKをもらえた気になったようで,一気に天に昇りつめたようにぱあっと顔を輝かせたその子は,「いつでもお返事待ってますから,よかったら連絡先を書いているので連絡してください!」と,ぱたぱたと走って行った。


「あれってたぶん‥いい感じじゃね?」
「とうとう跡部様にも彼女ができるのかなあー」


なんて小声が聞きたくもないのに入ってきて,そんなの言われなくてもわかってるし,と心の中で悪態づいていると,何だか目の前がぼんやりしてきた。やばい‥!跡部くんのこんなシーンを見て泣いたりなんかしたら,変な噂立てられる‥!急いでトイレにでも行こう,と思って席を立った私の前に立ちはだかっていたのは,あの跡部くんだった。


「よう,今日は俺様の‥って」


いつもと変わらない調子で話しかけてきた跡部くんは,たぶん今にも泣き出しそうな私の目を見てぎょっとした。


「お前‥どうしたんだ」


「何かあったのか?」と続けて言う跡部くんに無性に腹が立った。どうしたんだって,これ全部あんたのせいだから!頭が混乱していて,思いを言葉にできなくて,


「だから,もうこんなことやめて!!」


こんなことって,跡部くんは私に話しかけてきただけなのに,私まじで意味分かんない,けどもう何を言いたかったのかもわからないくらい混乱していて,たぶん私はこれだけ言うと涙が一粒だけぽろっとこぼれたから,跡部くんをさっと避けて,走って,目的もなく走った。


「おい,,待て!!」




わけもわからずキレられて,もう絶対跡部くんは私のことを嫌いになっただろうし,あんな騒ぎを起こしたんじゃ教室にも帰れない,てかもう一生行きたくない,もうあれやこれやどうしよう‥と思うことばかりで,涙が止まらなかったのだけれど,さほど時間がたたないうちに「 !!」と叫ぶ声が聞えてきて,それが私が1番求めていてでも聞きたくなかった声だったから,私はびっくりしてとっさに木の陰に隠れたのだけれど,たかがかくれんぼでも私が跡部くんに勝てるはずもなく,早々と見つかってしまった。


「お前,こんなところにいやがったのか。探したんだぞ」


たぶん私がいないことで先生に何か言われたんだろう,勝手にキレて勝手にいなくなって迷惑までかけて,キレてるんじゃないか,怒鳴られるんじゃないかと恐る恐る目を開くと,拍子抜けをしてしまった。私の目に映ったのは,いつもの冷静でクールな跡部くんではなく,息を切らし,焦っていたけど心底ほっとした,そんな跡部くんだったから。


「何なんだ。何があったんだ」
「ごめん,なさいっ‥」
「ったく‥お前は本当にわけのわからない女だぜ」


間近でみる跡部くんの顔は本当にきれいだったのだけれど,ドキドキしたのは,そんなところじゃなくて,私に向ける跡部くんの顔がすごく優しくて――


「俺様の眼力では,お前は間違いなく俺様が好きなはずなのに,全くなびかねぇし」


見抜かれてた,と恥ずかしく思ったけれど,それよりも気になったのは,ううん,これじゃあ私が思ってたことと違う,何だか跡部くんがすごい人間っぽいっていうか,これじゃあまるで――


「いつまでたっても跡部くんとしか呼ばねぇ,よそよそしい態度しかとらねぇし,あげくの果てに話しかけただけで泣きやがるしよ」


嗚咽が漏れるばかりで何も話せない私に,困ったような,心配してくれているような,優しい顔を向けてくれる跡部くんに,私はただドキドキするばかりだったけれど,ここでちゃんと自分の気持ちを伝えないと,跡部くんに失礼だと思った。


「だ‥って,跡部くんが,私のことを好きなはずなんて‥っ」
「いつも言ってるじゃねぇか。俺はお前が好きだ,と」
「冗談だとしかっ‥思えないもんっ‥」
「何だと?お前そんなことを考えていたのか?俺が冗談で好きだ,なんていう人間に見えるのか?」
「そっ‥いうわけじゃない,けど‥もし,私のことっをっ,ちょっとくらい,好きだとしても,それは‥私が,跡部くんっにっなびかない,からっ,でっ‥」
「おいおい,まじかよ,そんなふうに考えていたのか?いやまあ完全な間違いではないが‥」
「ほら!やっぱり‥」
「おいおいちょっと待て,勝手に早とちりするんじゃねぇ,いいか,よく聞け」


跡部くんは混乱しまくっている私の真ん前に来て,さっきの女の子が跡部くんを見つめていたのの何倍もまっすぐ,熱っぽく,私を見つめてきた。私はそのブルーの瞳とばちっと目があった瞬間,もっと頭がくらくらして,めまいのようだった。


「俺は,お前のことが,本当に好きだ」


もう頭が沸点に達したような状態になって,混乱を通り越して頭の中がぐちゃぐちゃで混沌としていた。跡部くんにそんなまっすぐな瞳でこんなこと言われて,落ちない女なんてこの世にいないよ,少なくとも私は絶対に落ちちゃう。ずるいよ,跡部くん,でもなんで?私,何のとりえもないし,いいとこなんてひとつもないし,跡部くんにはもっと可愛くてお金持ちで素敵な人がいると思う。さっきの女の子はどうするの,全ての気持ちは,たった3文字にしかならなかった。


「なん,で‥?」
「それは秘密だ」


秘密にしなきゃいけない理由が分からなくて,「何で,ほらやっぱ大した理由もないんだよ!」とか嬉しい気持ちの方が勝ってるくせに強がってしまって,けど跡部くんはこう言った,「お前が散々俺にとってきた態度はひどいもんだったんでな,罰だ」と。そう言われると確かに私も何にも言えなくて,けれど知りたくて,うう〜と唸っていると,先ほどまでの自信満々な口調とは打って変わって,囁くような小さな声で,ちゃんと聞きとれたのか分からないけれど,たぶんしっかりと聞き取れた。


「けれど,ずっと,好きだったぜ」




〜」

(あいつは‥)


クラスは遠かったが,同じ学年のだった。女にさほどの執着を抱かない俺であったが,こいつばかりは入学式のときにふと目に留まってから何だかつい気になっていた。


「今そこ,跡部様がいたのー!!かっこいいー!!」
「えーうそうそ!どこどこ?!」


女どもに騒がれるのは日常の一部なので特に気にも留めていなかったのだが,


「ねえねえ,も,かっこいいと思うよねー?」


この一言で,何だか俺らしくもないと思い少し嫌な気分にはなったものの,次のの発する言葉が気になって気になって,全神経を集中させてしまっていた。


「うーん,そうだねえ‥かっこいい,とは思うけど,みんなとはちょっと違うかっこいいかもしれない」
「え,どういうこと?」


「顔とかうわべだけじゃなくて,跡部くんの人には見えない努力をすごい尊敬しているし,かっこいいなって思ってる」


言われたことがなかった言葉だからなのか,もしかしたら俺が1番求めていた言葉なのだろうか,とにかく俺にとってそのの言葉はこそばゆいような,けれどひどく心地よい響きに聞こえた。







「さっきはお前が泣き出して言えなかったんだが,今日は俺様の誕生日なんだがなあ。お前は何か俺に用意していないのか」
「う,うん‥」


すると一気に不機嫌になった跡部くんは,責めるように問い詰めてきた。


「何で何にも用意してねぇんだ?俺様のことが好きなんじゃねぇのか?」
「え‥だって私は跡部くんの取り巻きの一人とかいうふうに見られるのは嫌だったし」
「誰もそんなふうに見ねぇよ」
「いや,でも,別にさっきまで私は跡部くんとこんなふうになるなんて思ってなかったし,えっと,あの,その‥」


跡部くんの剣幕に圧倒されてしどろもどろになる私を見て跡部くんはちっと舌打ちをして,それにも私はびくっとなったのだが,跡部くんは思いついたようににやりと笑ってきた。それにもびくりとした。


「ほう‥それなら,今だったらプレゼントをくれるってことか?あーん?」


そう言いながらだんだん近づいてくる顔にものすごく焦って,何となく跡部くんの言わんとしていることが分かり,私は必死で断った。


「ちょっ‥無理無理無理!意味分かんない!離れて!絶対だめ!」


息継ぎもせずに言いきると,跡部くんはさもおかしそうに「はーっはっは」と笑い,
私の耳元で囁いた。











「今日はこのくらいにしといてやるが,覚悟しとけよ」















(さっきの女の子,どうするの?)(あーん?あんな女,俺様が一度でも好きだ,なんて言ったか?)

(てか今ふと思ったんだけど,あのドリンク,もらってくれたのかな)(ドリンクはお前がくれたのかと,聞きてぇのに何となく聞けねぇ!)


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