「‥先輩,またそれやってんすか」
「うん,だって,マネージャーの仕事手荒れるし,ほんとに効果やばいし」
「‥それ,自分じゃわかんないみたいだけど,だいぶキモいよ」
「ええー!!キモくないよ!!てか効果すごいし!!」
「‥まあいいけどね」


先輩は今日も「潤うのー」とか何とか言って,練習終りにこうやってこのわけのわかんない保湿手袋みたいなのをしている。これをしてないときは,ハンドクリームを一生懸命塗ったり,爪もぴかぴかにして,手のケアにとても気を遣っている。マネージャー業は大変だから確かに手は荒れるだろうけど,こんなことしなくても先輩の手はとてもきれいなのに,と思う。
けれど先輩にとって俺が先輩の手がきれいと思うかどうかなんてどうでもいいに違いない。先輩が手がきれいだね,指がきれいだね,って思って,そう言ってほしい人はたった1人しかいない。


「ねえねえ,不二はさ,どんな子が好みなのー?」
「どうしたんだよ,英二。また急だね」
「だってさ,またさっき1年生の子振ってたっしょー?可愛かったのに。
だから,不二はちゃんと女に興味あるのかにゃーって確かめてやろうと思ってさ」
「よく意味がわからないけど,そうだね。僕はたぶん,指が綺麗な子がタイプなんだと思うよ」
「うっわー,なんか不二,エロいー!」
「英二,やめなよ」


これを聞いてから先輩はあからさまに手のケアへ気を遣うようになった。いつ何があっても手だけは綺麗にするようにしていた。手を汚したくなければマネージャーの仕事を適当にサボればいいんじゃないのかとも思ったが,それは先輩の主義に反するみたいだった。まあ,俺も先輩のそういうところが好きなんだけどさ。


どうせ不二先輩は気づいてもいないんだろう。俺の方が早く先輩を見てたのに。なんでもかんでも,先輩のことに1番最初に気づくのは,俺なのに。


「ね!!見て見て,リョーマ!!すごい綺麗になったでしょー!!」


きらきら笑う先輩の前にはぴっかぴかの先輩の手が掲げられていた。確かにきれいだけど,それはだれのために綺麗になってる手なの?俺,本当ぜんっぜんおもしろくないんだけど。


「‥大してかわんないっすよ」
「ええ!!うそ,ほんと?!」


ちょっといじわるしてやったつもりが本当に落ち込んでいるので,少し(本当に少し。だってもともと,先輩が悪いんだし)申し訳なくなって,フォローを入れてやった。いや,たぶんフォローではなくて,これは本当の俺の気持ち。


「‥そんなことしなくても,充分きれいっすよ」
「え??」


ぽかんとしている先輩に向かって,「それ,完全にバカみたいな顔だからね」なんて言うと,またいつもの先輩に戻って,「もう,リョーマ!!」なんて怒ってくる。その姿が可愛くて,また見たくなってこんなことを言ってしまうのだけれど,さっきの言葉にはまだまだ続きがあって,俺らしくもない,言えていない。


誰かのために,綺麗に着飾ろうとなんてしないで,
どうせ着飾るんだったら,俺のためだけにして,俺だけに見せて。






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