「きゃー!!宍戸くん,頑張ってー!!」 「忍足先輩,かっこいいー!!」 いつものようにキンキン鳴り響く応援の声に本気で嫌気がさしている中で,見つけてしまった。同じクラスの,。 「おい!男子に朗報!!このクラスに転校生が来るってー!しかも女子!!」 「うっそー?!」 「まじまじ?!誰情報?」 「さっき,担任と見たことない女子がこっちに向かって歩いてきてて,で担任に話しかけたら転校生だって説明された!」 「まじでー?!可愛い?!」 「いやそれがもう可愛いとかいうレベルじゃねーぐらい可愛い!!まじタイプ!!」 「うっそまじで?!超テンションあがるじゃん!」 朝練終わりでいつものように教室に入ると,普段から騒がしいクラスが一段と騒がしかった。朝から疲れてイライラしていた俺は,お前らは一体いくつなんだ,高校生にもなって可愛い転校生が来るくらいで騒ぐなよ,と怒鳴りたくなったのをひたすら我慢した。けれどガラッとドアが開いて入ってきた女を見た瞬間,教室がしん,と静まりかえったのと同時に,俺のそれまでのいらいらなど全てが飛んで行った。 顔が可愛かったから?俺の好みの清楚なタイプの女だったから?たぶんそういうことではないんだと思うが,理由は全くわからないにせよ,俺は目が離せなくなってしまった。そのまつげの一本一本までが彼女――の清らかさを表しているようだった。 が隣の席になって,がこの学校で過ごすようになって,がいろんな人と話すようになって,学校生活に慣れ始めたころにも,俺は特になにをするわけでもなく,ただ隣で授業を受けるだけだった。俺がシャーペンやプリントをうっかり落としてしまい,の笑顔付きで「はい」と手渡されたとしても,「ああ,悪い」くらいしか返せなかった。というか,俺は別にとどうこうなりたいというのは特になくて,このままの関係で充分構わなかった。だから特に話しかけたりなんてする必要はなかったのだ。 問題を解いているときの真剣な顔,友達に向ける笑顔,昼休みご飯を食べている時の幸せに満ちた顔,掃除のとき黒板の上が消せなくってぴょんぴょん飛び跳ねているときの困った顔,誰もいないところでひっそりと流していた涙,のさまざまな表情を,他の人より少しでも多く,できればとても多く知っていれば,それでよかった。 ――と,思っていた。 けれど,見つけてしまった。先ほどまで教室で見ていたように清らかで,美しく,けれど先ほどまでと違うのは,頬をほんのり赤く染めて,うるんだ瞳でどこかをまっすぐ見つめていた。何の気持ちもなくて,何の用もなかったら,あんな表情でテニスコートに来るはずがないのだ。周りのうるさい女子どものように,下品に叫んだりはもちろんしていなかったものの,特定の誰か一人をその清らかな心で想っていることは明らかだった。 すると,キンキン鳴り響く声がより一層キンキン鳴り響いた。 「跡部様ー!!」 「キャー!!こっち見てくださーい!!」 跡部部長が出てくるといつもこうだ,跡部部長もまんざらでもなさ気に答えたりするから,たちが悪い。いつもなら跡部部長が登場した瞬間頂点に達するこの怒りも,この時ばかりはもう自分の気持ちが何が何だかわからなかった。 「‥‥っっ‥‥」 跡部部長を見るの,あの愛しいような儚げな,嬉しそうなけれど悲しそうな瞳の色を見ると。 あれから相変わらず俺は,隣の席からを見ていた。ただ2つ,変わったことがあった。それ以外は何にも変わらなかった。たった,2つ,だけだった。 の表情に,跡部部長の隣で見せる笑顔が加わったこと,そして,俺より間違いなくの表情を知っている人が現れたこと,たったそれだけだった。 back |