入学式が終わり,オリエンテーションなどの様々な説明会も終わって,いよいよ初めての大学での講義を迎えることとなった。そこで俺は,かつて経験したことのないような,運命的な出会いを果たした。


「おい真田。どうしたんだよ,ぼーっとし‥」
「ああ,悪い。少し考え事をしてしまったようだ」


精市の一言で我に返った俺は二人を向き直ると,いやらしく微笑む精市と蓮二の顔が目に入った。


「へえ‥」
「ほう‥」


何だか嫌な予感しかしなかったため,俺はそんな二人を無視して席をとろうとすると,二人は急に話し込みだした。


「へえ,真田にもやっぱり,そういう感情はあったんだね」
「いくら弦一郎といえど,もう大学生だ」
「そうだよね。真田だってもう大学生だったね。そろそろそんな感情が芽生えてもいいはずだ。というか,今までが遅すぎたくらいなんだよね」
「何を話しているのだ,二人とも。早くどこか席に座らねば」


二人はどこか一点を見つめ,笑っていた。何だかそれは普段の真面目な二人には似つかわしくない嫌な笑いだった。


「それにしても‥真田ってああいう感じの子が好みなんだね。意外だな」
「そうか?俺はデータ通り,妥当な線を行っていると思ったが」
「まあ,そうなんだけど。きれいな黒髪,落ち着きもありかわいらしさもあり,真面目そうだし,育ちもよさそうな感じがするし。けれど真田は何となく自分みたいな人を好むのかと思ったけれど,やはりそこは普通の一般男子の好みなんだな,とちょっとおかしくなってしまって」
「それは言えるな」


ふと耳に入ってきた会話が,俺を置いてあまりに勝手に話が進んでいた。


「な‥何を話しているんだ!」
「何って?真田,あの子に一目惚れしてしまったんだろう?」


幸村はいつものようににこやかに微笑んで,ある一人の女子を指差した。な‥!俺は言葉が出なかった。


「な,何を言っているんだ!俺はそのようなことは,断じてない!」
「柳,真田はやはり,この感情に気付いていないようだな」
「仕方がないだろう。弦一郎にとって,得体も知れぬ感情なのだろう」
「貴様ら,俺をばかにしているのか!」
「ふふ‥じゃあ,どうしてさっきあんな熱っぽい視線であの子を見ていたんだい?」
「そ,そんな視線で見てなどいない!」
「そんな視線で,ってことは,やっぱり見てたんだ」
「精市!!それ以上俺をからかうつもりなら‥」


すっと,精市が俺の隣を通り抜けていき,蓮二もにやつきながら後に続いた。どこへ向かっているんだ?不思議に思っていると,精市は驚くべき行動に出た。


「やあ。隣,座ってもいいかな?」
「!!!!!!!!!!!」


精市がその女子に話しかけていた。


「お,おい精市!!何をする‥!!」
「はい,どうぞ」


ふわり,と柔らかく微笑んだ笑顔に,優しいその声音に,俺は心を奪われた。


「‥‥‥!!」
「真田も早くこっちに来て座れよ」
「!あ,ああ‥」


俺はふわふわとしたような,不思議な感覚にとらわれていた。


「君,新入生?」


ごくごく自然に精市が彼女に話しかけたため,彼女は初め自分が話しかけられたとは思っていないようだったのだが,自分が話しかけられたと気付くと少し驚きこちらに注意を向けた。


「あ,はい。1年です」
「そうなんだ。俺たちもなんだ。見ない顔だよね。大学から立海にきたの?」
「そうなんです!みなさんは,ずっとここなんですか?」
「そうだよ。中学からずっと立海なんだ。だから,分からないことがあったら,いつでも聞いてくれよ。なあ,真田?」
「あ!ああ!」


嫌な視線で俺を見てくる二人が癪に触りながらも,彼女の声を聴いているだけでどぎまぎしてしまい,加えて俺はこの何とも言えない温かい感情が広がってゆくのを感じた。


「俺は幸村精市で,」
「俺は柳蓮二だ」
「こっちは真田弦一郎だ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします!」


彼女がこちらを振り返る様子が,俺の目にはきらきら輝きながらスローモーションで動いているように見えた。


「真田さんも,よろしくお願いしますね!」


その眩しいくらいの笑顔を見て,何かが始まるような予感がした。




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