あの頃の俺はきっと,今でいう厨二病という病を患っていたんだ。好きな女が俺を思って泣くことで,ああ,俺って愛されてるんだなあと感じる,最低なタイプの厨二病患者。まだ付き合い始めたばかりの幸せだったころの俺たちは,今の俺にはまぶしすぎて,見えない。 中学に入学して,俺の好みのタイプどんぴしゃだったを見つけてすぐ,俺は猛烈にアプローチをかけた。はで,ありがたいことに結構俺の見てくれを好みだと思ってくれたらしく(まあ俺の金髪については,は真面目なのであまり好ましくなかったらしいけど),そんな俺に優しくされていくうちに好きになっていったらしい。かくして俺たちは両想いとなり,どちらからともなく付き合うこととなった。といっても,今となっては大して記憶に残っていなくて,付き合い始めてからのことはなおさら,鮮明ではない。ただ,お互いにとって初めての恋人で男女間のことなんて何にも分かっていなかったけど,俺はが好きで,もたぶん俺が好きで,その気持ちに従って手探り手探りで交際を進めていった,ような気がする。は付き合い始める前からのイメージ通りで,すごくいい子だった。笑ったらできるちっちゃなえくぼが可愛くて,そんなを見ていると,俺も自然と笑顔が綻んだ。――と,幸せだったころの記憶と言えば,このくらいしかないのだ。あともう1つ,俺からのサプライズプレゼントで行った,テーマパーク。 ある日いつものように放課後マジバで今日あったことなんかを話していたら,ふとの携帯の待ち受けが某テーマパークの有名なお城だったことに気が付いた。 「っち,ディズニー好きなんスか?」 は一瞬きょとんとすると,自分の携帯の待ち受けを見て納得したらしくふわりと笑った。 「ディズニーすごい好きなんだよね!夏休みとかなったら結構行くんだよー!」 「友達とっスか?」 「うん,幼馴染とかとね。まあいつも両方の親同伴なんだけどね」 「じゃあまだ友達とだけとかは行ったことないんスか?」 「そうなんだよ。まあお母さんいても楽しいんだけどね。早く友達同士でとか行ける歳になりたいなー」 「まあ,この辺からだと,何だかんだで結構遠いっスよね」 「だよねー」 という話をして,そういえばそろそろ付き合って半年という記念日が近づいてきていることに気づいた。そこで大好きな俺は,を喜ばせようと,こっそり計画を立てることにした。に怪しまれない程度に少しモデルの仕事を増やしてお金を貯めて,パークのイベントやら新しいアトラクションやらディズニーまでの交通機関やら何やらを調べて,効率よく回れる方法なんかも事務所の人とかにたくさん聞いてまわって,チケットを購入し,準備万端で当日に備えた(レストランについては,悩んだ末,予約しないことにした。まだ中1だし,さすがにを恐縮させると思った)。には数日前に,遊園地行こうよと誘っておいた(本当は遊園地ということさえも内緒にしておきたかったが,靴や服装なんかがね)。当日,教えていた集合時間よりだいぶ早く着いて,切符を買って待っていて,どこに行くの?と不思議そうにしているに「着いてからのお楽しみっス!」とかなんとかはぐらかして,電車に揺られて1時間ほど,舞浜駅が近づいてくるころにはの笑顔はきらきらと輝いていて,「半年記念のサプライズっス!」と俺も負けないくらいの笑顔で言うと,は潤んだ瞳で「ありがとー!」と言った。 けどこれら幸せな思い出たちはすべて,今となってはもうどうでもいいことだし,正直今の俺にはまぶしすぎて思い出したくない。あんなに純粋にを思っていた俺はあの頃に全て置いてきて,いつしか俺自身はすっかり変わってしまった。そして俺たちの関係も,も,俺のせいですべてぶち壊した。 ただ好きで好きでたまらなかったに,ふと気づけば汚らわしい劣情を抱いていた。最初は気持ち悪いと知らぬふりをしていたが,だんだんとまわりがそういう話で盛り上がるのを横目で見ていて,ふと別に俺は気持ち悪くない,むしろ好きな人にこういう感情を持つのは当たり前なんじゃないかと思い始めた。たびたびまわりの男子たちから,「お前らどこまで進んでんだよ」なんてからかわれたりもしていて,そんなことを悶々と考えていると,と一緒にいるとつい視線がぷっくりと膨らんだ唇や,身長差のせいでたまにちらりと覗く胸元やほどほどに短く整えられているスカートからのびた白い足に行き,股間が熱くなった。しばらく理性と戦っていた俺は,結局ある日何も知らないを自分の家に招いたときに,衝動が抑えきれなくなり,抱きしめた。驚きと緊張でかちこちになったが可愛くてたまらなくて,ふと顔を上げさせると視界に飛び込んできた至近距離で見たもやっぱり可愛くてたまらなくって,俺はたまらずキスをした。の唇があまりにも柔らかくて,もう一度,そして何度も何度もむしゃぶりついた。お互いの呼吸が荒くなってきたところで,「あ,まずい」,そう思った。少し冷静になると,急激に体が冷えていくのを感じて,の表情を覗った。瞳がぐしゃぐしゃに濡れていて,見たことのないような表情を浮かべていた。――俺の理性の糸はぷちんと切れた。を押し倒し,瞼や首筋にキスをした。いいにおいがした。無垢なは俺が何をしようとしているのかもわからないみたいで,ただうるんだ瞳で俺を見つめていた。さすがに俺が服に手を入れると身を捩ったが,俺はが逃げないようにがっちりと固めて,あとは本能にのみ従った。そして結局,俺は大人の階段を上ってしまうこととなった。俺の腕の中でふるふる震えるは,そりゃあもうめちゃくちゃに可愛くて,初めて好きな女に欲望を吐き出した時の快感といったら,そりゃあなかった。は始終ただ泣いていたが,俺が我に返って自分のしたことの愚かさに一気に血の気が引いて,「っち,ほんとごめん‥!俺ちょっと頭おかしくなったみたいで‥!どこも痛くないっスか?!何か‥薬とか飲まなくても大丈夫っスかね?!」とおろおろしていると,潤んだ瞳で,「ううん,大丈夫。‥黄瀬くん,だいすき」,とにっこりほほ笑んだ。 あんな失態を犯してしまってからはを傷つけるのが怖くてしばらく抱けなくなっていたが,またを家に招き,ぎゅっと抱きしめたとき,ついあのときのことを思い出してしまって,恥ずかしながら――その,そこが,反応してしまったのだ(あまり深くは突っ込まないでほしい)。俺はめちゃくちゃに焦って一生懸命には気づかせないように振る舞ったが,もぞもぞとする俺が怪しかったようで,結局,ばれてしまった。ドン引きされるかと思って焦っていたが,俺を抱きしめる力が強くなった。受け入れてもらえてるのか‥?そう思った俺は,の頬に手を添え,こちらを向かせると,目をつぶっていた。そのまま吸い寄せられるように口づけた。は緊張で固まりながら,一生懸命俺に答えようとしてくれた。そんながやっぱり,可愛くてたまらなくて,俺は結局その日もをいただいた。今回は前回よりの状態を気遣って優しくしてあげることができ,も終始幸せそうにしていた。時折,小さな小さな嬌声も聞こえた。またなんとなく大人の階段を一歩上った気がして,鼻高々にを家まで送って行った。 まあこの辺りまでは,ちょっと進行が速かったかもしれないが,ごくふつうの中学生カップルの範疇だったんじゃないかと思う。最初のうちは俺の家に来たときだけ特別にしていたはずのセックスが,次第に毎日毎日交わるようになった。いや本当に,あの頃のことを思い出すと,若者の性欲というのはすごいと思う。が可愛くて可愛くて,が大好きでたまらないから愛情表現に一つとしてやっていたセックスが,いつからか日常的に,儀礼的なものになっていた。はというと,だんだん慣れてきてはいたものの,いつまでも見せる初々しい反応がなかなかに俺をそそった。終わった後,顔を真っ赤にしながら幸せそうに微笑むを見るのが俺の幸せだったのに,はだんだんと笑わなくなっていった。そして俺はそんなを見て,いらつくようになっていった。 結局あの頃で俺たちの関係は終わっていたのだった。ある日いつものように放課後一緒に帰っていると,わがままなんて絶対に言わないが,「ね,今日は,カラオケ,行きたいな」,と言ってきた。そういえば最近は俺の家に連れて行って,俺の親が帰ってくるまでに何度もセックスをして家まで送って行く,の繰り返しでしばらく行ってなかったので,まあたまにはいいか,とカラオケに行くことにした。カラオケに行って何曲か歌ったら,今日もやっぱりキスしてそのまま押し倒してのシャツの中に手を入れた。は息を荒げながら,「歌わないの?」と聞いてきた。何だか不満そうなにいらっとしながら,適当に流して,やっぱり今日もセックスをした。それからもはセックスにあまり乗り気ではなく,どこどこに行こうよ,休日になると遊園地に行こうよとか水族館に行こうよとか,いろいろ誘ってきたが,俺はとにかくセックスがしたくて,その頃はそういうデートが面倒になっていた。なのでいろいろと言いくるめて,すべての誘いを遠まわしに断った。 そしては何かと理由をつけて,俺と二人きりで会うのを避けるようになっていった。最初は「まあ,今まで毎日毎日会えてた方がおかしいよね」と納得していた俺も,だんだん避けられているのかと気づきだしてからは何とかして会えないだろうかと画策していたが,ちょうどそのころバスケ部に入ることになって忙しくなり,なんとなくから遠のいて行った。 お互いが,お互いのいない時間を過ごすのに慣れてきた頃だった。俺はある日の練習中に,胸がくすぶるのを感じた。――と赤司っち?久しぶりに見たは,バスケ部の主将である赤司と仲睦まじそうに話していた。今まで感じたことのない感情で胸が埋め尽くされていくのを感じた。と同時に,何だか無性に気持ちが焦りだして,俺はすぐに『今日時間あったら,一緒に帰らないっスか?』とにメールを送った。存外すぐにいいよと返事が来たので,すぐに『部活が終わるまでちょっと待ってて』と返信した。部活が終わってのクラスの教室に行くと,まだ明かりがついていたので急いで扉を開けたら,が自分の席にちょこんと座っていた。久しぶりのはやっぱりめちゃくちゃに可愛くて,俺は笑顔で駆けていった。初めは笑顔がこわばっていたも,久しぶりに会話するうちに少しずつ顔が綻んで行った。その日は暗くなっていたのもあって,そのままの家まで送って行って,俺もすぐに帰った。の幸せそうな笑顔に胸がくすぐられた。その日から俺とは,たまに青峰っちや桃っちにからかわれたりしながら毎日一緒に帰るようになって,また少しずつ昔に戻っていった。バスケが楽しくて,はめちゃくちゃ可愛くて,俺は毎日が楽しかった,はずなのに。自分でその幸せを,ぶち壊した。 そんな幸せにすっかり慣れた俺は,赤司っちの存在なんてすっかり忘れていて,赤司っちとの様子に焦ったことなんかもすっかり頭から抜けきっていて,ある日練習がうまく行かなくてちょっといらだっていたときに,そのいら立ちを抑えるように,セックスでにぶつけた。特に幸せなんて感じなかったのに,めちゃくちゃな快感が体中を走った。AVだかエロ漫画だか何だかの真似事で,特に意味もなくやってしまったことだが,の口を手でふさいで,「声出すな」と言った時の快感と言ったら,今でも忘れられないほどだった。の大きくて愛らしい瞳がぐしゃぐしゃに濡れて,ぽろぽろと小さな涙の粒をこぼす姿を見て,それまで感じたことがないほどの興奮を覚えた。結局俺は反省もせずに,また会えるときは何度も何度もを抱いた。バスケで汗をかいたあとのセックスは,最高だった。 あるとき,いつものようにを押し倒して,の体中を弄っていると,上の方から小さな嗚咽が聞こえてきた。確かに泣いている姿を見ると興奮していたけど,あれは盛り上がってきたときにこぼれる涙がそそっただけで,まだ序盤からこうもまじ泣きされるのはさすがに,あんまりいい気持ちじゃなかった。「どうしたんスか?」と冷静を装って優しく声をかけると,は小さな声で,「‥ごめん,今日は,したくない‥」と言った。そりゃあもうやる気満々になっていた俺は焦った。 「ごめん,どっか痛かったんスか?」 はただ泣いて,何にも答えなかった。しばらく一生懸命なだめたが,泣き止まないに何となく嫌気がさして,「‥わかったっス。んじゃ,服きて」と急いで服を着せて,「それじゃあね」と家から追い出した。初めて拒否された。俺は今思えばすごくショックだったんだろう,むしゃくしゃして,しばらくを避けて,バスケに没頭した。そんな状態で,青峰っちに勝つどころか,まともにプレイすることすらままならなかった。 「き,黄瀬くん!」 練習が終わっていつものように青峰っちと1on1をして,青峰っちはさっさと帰っていったので,部室には俺一人だった。俺を呼ぶ声ですぐに分かった。だった。のことは変わらず大好きだったはずなのに,顔を見るとまたいらいらがのぼってきて,の目も見ずに俺はぶっきらぼうに答えた。 「‥なんスか?」 そんな俺の様子を見て,の瞳はすぐに悲しげな色を映し出した。そんなの様子に,胸がくすぐられるのを感じた。 「あ,あのね,こないだのこと‥謝りたくって‥ごめんね」 ここが運命の分岐点だった。ゲームだったらミスった!と後悔すれば電源を消せばすぐに軌道修正できるのに,現実ではもう戻ることはできなかった。いや,俺の日ごろの行いさえよければたった1回の失敗くらい許してもらえたはずなのに(現には,ここまで俺を見放さないでくれた)。今の俺なら,悪かったのは俺の方だと理解できるのに。もう,すべてが遅かった。 「ふーん‥一応悪いとは思ってたんスね。まあいいっスよ」 ほっとした様子で,「よかった」と言おうとしたをロッカーに押さえつけて,キスをした。 「な,何で‥?ここ,学校だよ?ちょ,」 慌てるに,角度を変えて何度も何度も口づけた。ぜえぜえと息を荒くするに,めちゃくちゃに興奮した。学校はさすがにまずいが――もうバスケ部の連中はみんな帰っている,電気を消して,カギをかけたら,きっと問題ないはずだ。俺がいろいろと頭を働かせていると,急にが,俺の胸をどんどんと叩いて押し返してきた。 「ま,待って!お願い!!」 いらだって,一気に不機嫌になった。 「‥いきなりなんなんスか」 「あ,のね,‥私ね,もうこんなことしたくないの‥」 たぶん強くショックを受けた。俺としたくない?そしての今までの一連の行動の理由が理解できて,なるほど,だからね,とは思ったが,受け入れたらすぐにひどく腹が立ってきた。まるで今まで,俺がしたくもないを自分の欲望のためだけに無理やり抱いて,は嫌々それにこたえていたみたいじゃないか(実際その通りだったが)。 「何でっスか?」 「えっと‥黄瀬くんのことね,すごい好きなんだけどね,」 「ならいいじゃないっスか」 「でも,前みたいにデートとかもしないで,こんなことばっかりだから,不安で‥」 「俺は今も昔も,のことが大好きっスよ?」 「でも,たまにはどっか行きたいな,とか,思うんだ。黄瀬くんは思わないの?」 「うーん,俺はが好きだから,が可愛くて仕方ないから,としたいんっスよ?は俺とするのが嫌なの?」 「‥そういうわけじゃ,ないけど‥」 「ならいいっしょ」 もう一度の唇を塞いでしゃべれなくすると,はひどく抵抗した。俺はから少し離れて,わざとを傷つけるように,はあっと大きくため息をついた。の体がびくんと跳ねて,今にも泣きそうな顔になった。ひどく胸をくすぐられた。 「そんなに俺としたくないってことは,俺のこともう嫌いなんっスよね?じゃあ,別れましょ」 の目が大きく見開かれて,俺に縋るような瞳を向けてきた。どうしようもなく昂る胸を隠して,俺は冷たく冷たくあたった。 「ち,違うよ!黄瀬くんのこと大好きだよ!‥やだ,別れたくなんかないよ‥!」 あの全校中の男子生徒が憧れるが,俺に「別れないで」なんて泣いて縋ってくるなんて,俺はうれしくて思わず笑いがこみあげてきそうだった。 「大好きなのに,したくないんすか?意味わかんねえっす。好きだとか,信用できないっすよ」 「好きだよ!信じて‥!」 「ならやらせてよ。証拠見せてよ」 「え‥でも‥」 「やらせてくれないんなら,別れるしかないっすねー」 「え‥そんな‥!」 は小さく泣き出して,抑えきれなかったようでわんわん泣いていた。泣いてる間に電気を消して鍵を閉めて,のシャツの中に手を入れたら,今度こそは抵抗してこなかった。そうして俺は,初めて部室でを抱いた。めちゃくちゃによかった。それから味を占めた俺は,やりたいときにを呼んだ。冷たく,機械的なセックスをすると,を必死に涙をこらえながら,よがった。そんなは,俺が大好き,俺と別れたくない,と涙ながらに訴えているようで,盛り上がった俺をさらに煽った。あの頃の俺に対して,こんな関係が,長く続くわけがないと,少しでも思わなかったのだろうか,と思う。 簡潔に言うと,俺はを,失った。あるときから,『今日,部活終わるまで,待ってて』といういつものメールに,からの返信が届くことがなくなった。あの頃の俺はまだ子供で,何にも気にしてませんよといったふうに,意地を張った。つまらない意地だった。というかあの頃俺が意地を張らなかったからといってどうかなったとかいう話ではきっとなかったから,別にどっちでもよかったんだと思うけれど。一度,気になってこっそりの教室を覗きに行ったけど,は学校に来ていないようだった。それから少しして,風のうわさでが学校にあまり来なくなった,と聞いた。何だか妙な胸騒ぎがしたのに,青峰っちたちに「お前らなんかあったのかよ」などと聞かれるうちに変に勘ぐられるのが嫌になってきて,「なんもないっすよ。ついでに,何も知らねーっす」とどうでもいいふりをした。 あるときから,学校での姿を遠目から見かけるようになった。興味ないように装いながら,俺は内心少しほっとしていた。3年生になり,相変わらず俺との関係はあのままだった。俺はバスケに対して今までのような感情を持てなくなっていた。部内の雰囲気もあまりよくなくて,なんとなく時間を持て余すようになっていた。そうなると,思い出すのは,のことばかりだった。ちょうどそのころの話題がたびたびのぼるようになった。なんと,が赤司っちについで2番の成績をとったらしいのだ。その次のテストでも2番で,もともと賢い子ではあったけど,ぐんぐん成績を伸ばしているらしいのだ。男子たちが,「いいよなー‥あんな女と付き合いてーよ」,と口々に話すたびに,そんな女をものにしたんだと,心の中でほくそ笑んだ。そんな中で,が毎日放課後図書室で勉強しているとの噂を聞きつけ,俺は部活が終わったあと図書室へと向かった。 「っち!」 はびくっと体を跳ねさせて,昔のように潤んだ瞳で俺を見つめてきた。久しぶりに会ったは少し髪が伸びていて,ちょっと雰囲気が大人っぽくなっていた。 「久しぶりっす!勉強大変そっすねー」 さも明るく振る舞うと,はちょっと困ったような顔をした。 「う,うん‥そうだね‥」 久しぶりに会って照れているのだろうかと思い,俺はの真正面に立ち,顔を覗き込んだ。は驚いて大きく目を見開き,顔をそむけた。 「俺,っちに話があってさ!最近,あんま会えてなかったっすよね?今日,よかったら,一緒に帰らないかなーって!」 は目を泳がせた。昔のようにOKが出るものと思っていた俺は,不思議に思った。 「どうしたんっすか,っち?」 「‥ごめん,今日は帰れない。っていうか,もう,黄瀬くんとは帰らない」 すごく言いにくそうに紡がれたの言葉に驚いた。 「‥え。何で?」 「私と黄瀬くん,もう何にも関係ないから。一緒に帰る理由もないし」 どくん,と心臓が大きくなった。確かに,今の関係は付き合っているとは言い難い。かといって,明確に別れの言葉を交わしたわけでもないのに,は俺と別れたつもりだったんだろうか。 「‥俺たち,付き合ってないんっすか?」 「黄瀬くんは,私のこと,好きじゃないでしょ?」 突然聞こえた言葉に俺は思わず反論した。 「‥っそんなこと!」 「黄瀬くんは私のこと好きじゃないよ!それどころか嫌いだよ!それに‥」 ああ。何となくその先は何を言われるかわかるような気がして,聞きたくなくて,逃げ出そうとした。もちろん間に合うはずはなかったけど。 「そんなこと,どうだっていい。私はもう,黄瀬くんのことは,全然好きじゃない」 は俺の目をまっすぐ見てそう言い放つと,急いで広げていた教科書やら筆箱をかばんにしまって,「じゃあね」と図書室から出ていった。俺は呆然として,その頃の俺は本当にばかだったから,何でに嫌われたのかとか,全然理解できていなかった。どうせ強がっているだけなんだと,どうせそのうちやっぱり大好きとか言って帰ってくるんだと,あまり気にしないようにした。 そのまま何か月が過ぎても,が俺に連絡してくることはなかった。かといって俺から連絡するのも,俺のプライドが許せなかった。俺は今までのように適当に女にちやほやされて,たまにその中から選りすぐりの見た目の女と適当なおつきあいをして別れた。別に好きでも何でもなかったけれど,たぶん今思い返してみると,にやきもちを焼いてほしかったんだと思う。我ながらばかだと思う。冬になると,の進学先が気になった。俺はばかだから,勝手には俺と同じ高校を選ぶと思っていた。だって,は今でも俺のことが,好きだから。だったら,別に焦る必要はない。高校に進んでから,じっくり仲を深めていけばいい。卒業式,中学最後の日くらいは,と話せたらと思っていたのだが,囲まれた女の子たちをあしらっているうちに,は帰ってしまったようだった。まあ,どうせ4月になったら会えるからいいや,と思っていた。 全てが誤算だった。はいなかった。見当たらないだけかと思ったけど,どこのクラス名簿を見ても,の名前なんてなかった。どこに行ったんだ,もしかして,秀徳?桐皇?それとも誠凛‥?緑間っちたちにそれとなく聞いてみたけど(あ,そっちの高校って,帝光中の人って誰がいるんでしたっけ?),誰もの名前をあげる人はいなかった。結局の進路を知ったのは,WCだった。赤司っちとの会話の中で,何気なく,知った。 「にしても,一人で京都なんて淋しくないんっすかー?俺は絶対無理っすわ」 俺の言葉に赤司っちはきょとん,としてこちらを見つめた。 「僕は一人ではない」 「?帝光から赤司っちの高校行った人なんかいましたっけ?」 「ああ,一人いる」 「そうなんっすか!誰っすか?どうせ知らないと思うっすけど!」 「だ」 「‥え‥」 それまでいつものようにけらけら笑っていた俺の笑顔は途端に消えた。そして少しずつ少しずつ,全容が見えてきた。が学校に来るようになり,が猛勉強するようになり,が完全に俺のことを吹っ切ったみたいに――。 「‥あ,わりっす。なんか先輩に呼び出されてるっぽいんで。それじゃ」 いたたまれなくなって,赤司っちから一刻も早く離れたくて,俺はその場から逃げた。 こんなこと,すべて過去の話だ。もう,何の関係もないし,どうだっていい。そのまま二人は高校を卒業して,東京に戻ってきて,同棲しているらしい,なんて,どうだって――。こんなふうに俺は,大切なことはすべて過去に捨て置いて来て,残ったのはくだらない女だけだった。くだらない女とは,どこへ行っても,どんなにキスをしても,何度抱いても,くだらない欲情を排出できるくらいで,を超える女なんて,一生出会うことはできなそうだった。時たまのことを思い出して,大抵女が行きたがった場所には連れて行ってやることにしていたが, 「ねえねえ,リョータ!私,今度,ディズニー行きたいなー!ね,いいでしょ?」 「あー‥わりっす,俺,ディズニー苦手なんすよね。どっか他の遊園地じゃだめっすか?」 「えー!私ディズニーがいいよー。だめなの?」 「ごめんっすけど,ディズニーはほんと無理っすわ。申し訳ないっす」 「ええー‥」 きっとあの場所には,エントランス,一緒に休んだベンチ,パレードを見た場所,アトラクション,シンデレラ城,二人でおそろいのものを買ったショップ,初めて手をつないだ暗がり――頭から消したはずのたくさんのの笑顔が,たくさんのまぶしいばかりに輝いた思い出が,今でも消えずに転がっている。今,あの笑顔の隣に俺じゃない他の誰かがいて,きらきらした思い出はそいつに塗り替えられていると思うと辛すぎて,俺はもう,一生,あの場所には踏み込めない。 思い出すね5のお題 03.あなたと行った遊園地 2013.8.25 top |