僕が初めてを見たとき,彼女は真太郎と真っ赤な顔でたどたどしく会話をしていた。 真太郎は真太郎でまた真っ赤な顔をして目も合わさずにたどたどしく話をしており,誰から見ても二人は両思いの可愛らしいカップルだったに違いない。 そこに割って入ったのは紛れもないこの僕だ。確かに彼女はぱっと見て分かるほど賢く才能があった,ただ僕はそれだけでは全くの部外者に声をかけるなんてことはしない。 なのに声をかけたのは,僕が自身に興味があったからだ。


さん,だよね?よかったら,バスケ部のマネージャーになってみないかい?」


いつも通り優しく温厚に話しかけてはみたけれど,たとえが嫌がったところで僕にとってはほぼ決定事項だった。 真太郎は普段とは違う僕の様子に訝しげに僕を見つめていたが,真太郎の側にいることができるせいなのかまんざらでもなさそうな様子のを残して, 真太郎を「ちょっと借りて行くね」とかっさらい,僕らは練習へと向かった。 二人きりになると真太郎はすぐに僕に真意を尋ねてきた。


「おい赤司,どういうことだ。何故をマネージャーに勧誘した。普段のお前なら,部外者まで誘うなんてことはしないはずだ」
か,顔と名前は今初めて一致したが,俺ですら知っているほどの有名人だ。 彼女は確かIQがかなり高かったはず,彼女の頭脳はきっと,対戦相手の対策を練るときに役に立つはずだ」


僕の答えを信じたのかどうかはわからないが,真太郎はそれ以上は聞いてはこなかった。 晴れてマネージャーとして入部したをすぐに1軍のマネージャーに任命し,常に僕の側に置いた。 は献身的で想像以上の働きをしてくれ,おそらく元は男性が少し苦手なところがあったのだろうが,少しずつ時間がたっていくうちに慣れてきたのか, チームにも溶け込んでいって,僕と話す時も大きな声を上げて笑うようなことも増えてきた。 ただし好きな男は別なのか真太郎に対してのみ今まで通り顔を真っ赤にして上手く話せないようで, 真太郎にはそれが好きな男に対する特有の態度ということが理解できなかったようで,真太郎のに対する態度が少しずつ悪くなっていった。 そして決定的だったのはある日の練習中,僕は,誰もいないところで一人でシュート練習をしていた真太郎が, タオルとドリンクを持って近寄って行ったを冷たく突き放す瞬間を見てしまった。 僕はを不憫には思いながら,ほくそ笑んだ。


――ダメじゃないか,真太郎。大切なものは,しっかりと手綱を握っておかないと。


ただ呆然と立ち尽くす彼女に僕は近寄って行って,優しく抱きしめた。


「俺なら,にこんな思いをさせないよ。を誰よりも大切にする。俺はが,好きだ」


僕の腕の中で大きな瞳をさらに大きく見開き驚くの愛らしさに,を抱きしめる力がより一層優しく,甘くなった。 不安で震えていた瞳が安心したのか涙で滲んで,やがてぽろぽろとこぼれて, 僕の服を強く掴んで声を殺して泣くを抱きしめながら,今死角から僕たちを見つめている人物のことを考えた。 今日は部活が始まってから,と次の練習試合の対戦校の試合の傾向から,有効なゲームメイクについて話し合っていた。 は知能が高く,ゲームメイクについても考え方が似通っているところが多く,バスケについてはこと話が合った。 ただし,もちろんただ話が合うというだけではない,すっかり僕に懐いてしまった僕との距離感は,かなり近かったはずだ。 僕は真太郎に見せつけるように,至近距離でとバスケについての話し合いをした,真太郎はさぞかし不快な思いだったことだろう。 真太郎にしては珍しく感情的になってしまい,いったんはに冷たく当たってしまったが,真太郎は素直ではないがああ見えて優しいところがある, こと好きな女に対してはなおさらだろう,はたと思い直して戻ってくるところまで予測済みだ,そしてを抱きしめる僕を目にしてしまう。 真太郎はそんな僕たちを見て,あまりの衝撃に,何も言えずにその場を立ち去るに違いない。 その時ちょうどほとんど聞き取ることのできないほど小さな,誰かがその場を立ち去るような音がした。無論は全く気付いておらず,僕の胸に縋って涙を流している。 真太郎,可哀想だがこれは勝負だ,君の分まで責任持って,僕がを可愛がるよ。


の嗚咽が少しずつ小さくなってきた。落ち着き始めたところを見計らって,の頬を手のひらで優しく包み, 涙でぐしゃぐしゃになった愛らしい瞳を,僕の目とかち合うように上に向けた。 真剣な目でを見つめると,恥ずかしさで耐え切れなくなったのか,は逃げようとした, だから僕はそんなを逃がすまいと力を込めて,が視線を逸らすことを許さなかった。の潤んだ瞳を覗き込んで,僕はもう一度言った,


「好きだ,俺と付き合ってくれ」


今度は先ほどまでとは打って変わって,の感触を確かめるように,強く,強く,抱きしめた。 この後の展開は読めている,は顔を真っ赤に染め上げ,大人しく僕に抱きしめられる。の心臓の鼓動が速い, そしておずおずと両手を僕の背中に回し,抱きしめ返してくる,僕たちは抱きしめあう。 やがて時間がたち,は僕を潤んだ瞳で見つめて,僕の名前を呼ぶんだ,


「赤司くん‥」


そこで僕は口付ける。は絶対に,この唇を拒まない。目を閉じ,少しずつ近づいていく僕,応えるようにゆっくりと目を閉じる――ほら,すべて,予想通り。恋はするものではない,落ちるものだと聞いたことがあるが,僕に言わせれば,恋はするものでも落ちるものでもない,落とすものだ。 真太郎しか映さなかったこの愛しい瞳に,ようやく僕の赤い瞳が映った。 多大なる達成感と同時に,純真無垢な彼女に対する罪悪感で胸がちりっと痛み,それを打ち消すかのように,僕はもう一度,に優しく口付けた。







 top