同じクラスの紫原敦くん,私は彼が苦手だ。まずとにかくデカい。私との身長差は50cmたっぷり,上を頑張ってぐっと見上げても視界に入らない。 とにかく怖い。次に何事もやる気が無さすぎる。一にめんどくさい,二にウザい,三にイライラする。口が悪すぎてびっくりする。怖すぎる。 挙句の果てにあの体格であるためかバスケがめちゃめちゃに強いらしいが, うちのクラスの子が試合に出る!と担任が意気込んでクラス全員引き連れて応援に行った試合,紫原くんは確かにすごく強く,大活躍していたと思う。 が,無駄な努力だのなんだの,もう相手チームに対しての暴言と言ったらすさまじかった。 私みたいな本当にただの凡人からすると,強い以前にいくら才能があっても人間性がどうなの‥?という印象しか受けなかった。 以上の理由で,私は彼が苦手だ。なるべく関わり合いすら持たないようにしている。 ただやはりバスケの強豪選手であるためなのか,私にはやる気のないようにしか見えないその態度もとらえようによってはゆるく可愛く見えるせいなのか, クラス中はおろか学校中の女子からの人気はかなりのものだった。


「紫原くん,これあげる!」
「うん。あんがとー」


今日は2月14日,聖バレンタインデー。紫原くんの席に,学校中の女子が次々とチョコを持ってくる。 紫原くんは普段は何に対してもめんどくさいめんどくさいと愛想なんて全然ないくせに,大好きなお菓子をもらえるとあってか, それはもう満面の笑顔で幸せそうに受け取っている。紫原くんの机の上にどんどん積まれていくチョコの山をよそ目に,私は一日を終え, 一人教室に残って学級日誌を書いていると,ぬぅっと私の机に大きな大きな影がかかった。


「学級日誌書いてくれてたのー?ありがとねー」


バスケ部の練習に行ったはずの紫原くんだった。 そういえば,今日の日直は紫原くんとペアだったっけ。 紫原くんはチョコの受け取りに大忙しでほとんど仕事なんてしてくれなかったから (黒板くらいは消してくれてた気がしなくもない。いつの間にか消えてるときがあった),気づいてもなかった。 ありがとねなんて言いつつ日直の自覚があったのかも怪しいが,紫原くんが仕事をしてくれなかったおかげで, 私にとって恐怖の対象でしかない紫原くんと関わらなくてよかったからむしろありがたかったので,ごくごく普通に答えた。


「うん。大丈夫だから,部活行きなよ」


と声をかけたものの,まったく動く気配のない紫原くん。私に向ける視線が怖くて,学級日誌を適当に書き終え,いそいそと帰ろうとしたその時,紫原くんに声をかけられた。


「ところでさあ,さんからはチョコないのー?」


今日ばかりは,こんな学級日誌なんてさっさと終わらせて早々と帰らなかったことを本気で悔やんだ。 私が苦手な紫原くんにチョコなんて用意してるわけがない。 でも面と向かって聞かれるとさすがにそうは言いにくい。 でも紫原くんはあんなにチョコもらってたのに,何で私なんか大して関わりもないクラスメイトのチョコがほしいんだろうか。 いくらお菓子が好きといっても,そんなにチョコがほしいのか?紫原くんの言動が本当に意味が分からず私はより一層紫原くんが怖くなった。


「え,ごめん,準備してない」
「ふーん」


大して興味があるわけでもなさそうな反応だったので,そのままそろっと教室を抜け出そうとしたのだが, 「まあ,いいやあ」,間近で声が聞こえた気がしたのでふっと振り返ると,真後ろに大きな大きな紫原くんがいた。 私は気が付くと,壁ドンならぬ教室の扉ドンされていた。 といっても紫原くんと私の身長差がすごいため,紫原くんと私の顔はものすごく離れているのだが。 と思いきや,どんどんどんどんその距離が縮まっていく。「え,ちょっ,まっ!!」, 距離が縮まっていくほど赤みを帯びていく私の頬,開く瞳孔,震える身体,紫原くんの顔が私の真っ赤な耳元まで近づいてきたときに,聞こえてきた言葉,


「チョコの代わりにこっちもーらい」


“え,こっちって何”,そんな私の言葉は,発することを許されなかった。私の唇に触れた何かを認識する前に,紫原くんは満足げににんまり笑って,


「ずっとおいしそうな匂いがするなあとは思ってたんだけど,味もおいしいんだねぇ」


とひとりごち,「んじゃ,そろそろ部活行こーっと」,と,教室を出て行った。「来年はチョコ期待してるかんねー」と後ろ手に手をひらひら振って, やがて足音すら聞こえなくなった。残されたのは,全身熱っぽく真っ赤に染まり硬直した私と,唇に残されたふわりとした感触, どきどきと高鳴るばかりで止むことのない心臓と,浮かび上がり始めたばかりの,大きな大きな紫原くんに対する小さな小さな淡い感情,だけだった。







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