10年前のバレンタインは,来るのが待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がなかった。
なぜかって,大好きなあの子からのチョコを,待ち望んでいたから。
マネージャーのあの子からのキセキ全員に対する義理チョコだとわかっていても,好きな子からの手作りチョコだと思うと,心が舞い踊った。 「黄瀬くん,はいどうぞ!!」 満面の笑顔でチョコを差し出す君を見て,俺も自然に顔が綻んだ。 「うわーまじうれしいっス!!っち,ありがとうー!!」 「そんなに喜ばなくても,黄瀬くんはたくさんもらえるでしょ」なんてけらけら笑ってる君は,俺の気持ちになんて全く気付いてなんかいない。 そして俺自身も,君の気持ちに気づいていなかった。 黒子っちが体育館に入ってきた瞬間のっちの表情を見て,俺は全てを理解した。 「あ,あの,黒子くん,これ‥!!」 「ありがとうございます」 顔を真っ赤にしてチョコを差出す愛らしいっち,笑顔で受け取る黒子っち,黒子っちの笑顔を見て幸せそうにふにゃりと笑うっち。 俺は全てを理解した。俺含め黒子っち以外へのチョコレートは,すべて“カモフラージュ”だということに。 その次の年のバレンタインは,俺たちバスケ部はすっかりばらばらになってしまっていたけれど, 全中まで真面目に練習に出ていた俺と緑間っちと赤司っちと黒子っちには,っちはチョコを用意してくれていた。 「っちは,進路,決まってるんスか?」 去年とは違って,ちょっと寂しげな表情でチョコを渡しに来た彼女に,俺は尋ねた。 「うーん,滑り止めとかも合わせて何個も受けてるから,まだ悩み中かな」 困ったように笑いながら話す彼女の表情の理由を俺は分かっていたから,少し意地悪してやった。 「なーんて,黒子っちと一緒の高校行きたいのに,黒子っちの進学先がわかんないから困ってるんでしょ?」 「?!え,え,え?!?!」 「黒子っちの前ではあーんなにわかりやすい反応見せといて,俺が気づかないとでも思ったんっスか?」 「え,え,え,嘘!!!!!」 青天の霹靂,みたいな顔しやがって,でも俺は彼女の気持ちについてしっかりと言質をとってしまったから,悔しくってほんのちょっとだけ嘘をついた。 俺が気づいたのは,“別にっちの反応がわかりやすかったから”ではない。 「‥っちのことだったら,なんでもわかってしまうんスよ」 「え??黄瀬くん,今なんて言ったの??」 「‥なーんでもない。黒子っちと同じ高校,行けるといいっスね」 憎らしい気持ちを込めて言っても,「うん!!ありがとう!!」なんて頬をほんのり染めて,今まで見たことないくらい可愛い笑顔で返されると, 俺はもうどこにも気持ちのやり場がなくなった。そんな苦い思い出が残る,中学生活最後のバレンタイン。 高1のバレンタイン。敗北の悔しさ故練習に熱が入る中,大量のチョコレートやらプレゼントに埋め尽くされたのち, 家に帰って疲れでうとうとしていると,電話が鳴った。大好きなっちからだった。 いつもならその名前を見るだけで笑顔がこぼれるのに,その日はなんだか嫌な予感がして,電話を取ることができなかった。 “”という表示が消え,その後すぐに一通のメールが届いた。 “黒子くんと付き合い始めることになったんだ!!最高のバレンタインになったよー!!” それを知らされたこっちは最低のバレンタインだっつの,なんて返信できるわけもなく, 俺が“おめでとう”と返事をすると,やっぱりすぐに電話がかかってきた。 永遠とのろけ話を聞かされた挙句に,「黄瀬くんがずっと応援してくれたおかげだよ。本当にありがとう!」なんて涙ぐんだ声で言われると, 本当の気持ちなんて言えるわけもなかった。 「でしょー?!俺に感謝してくださいっスよ,っち!!」なんて答えた声のあまりの明るさに,俺自身,俺の声だと思えなかった。 10年たった今年のバレンタイン,なんと少し厚みのあるきれいなきれいな封筒が届いた。差出人は,今でも一番の親友と,今でも一番大好きなあの子。 おめでたいことであるのに,心から祝福できない苦々しさに,開封することすらままならなかった。 会うことすらほとんどなくなっていたのに,この手紙を受け取って実感した苦しさに,まだどれだけ彼女を好きかを思い知らされて, 適当に用事を作って断ろうかという邪悪な感情が一瞬頭をよぎったが,悩みに悩んで,大好きな子の人生で一番美しく幸せな瞬間を, 俺はこの目で見届けることに決めて,出席という返事を出した。 「ちゃんのウェディングドレス姿,きっと,すっごくきれいなんだろうなー!楽しみだね,大ちゃん!」 「興味ねー」 あれから3か月後,見知った顔ぶれの中で,「楽しみっスね!」なんてへらへらと笑う,別人の俺がいる。 黒子っちが緊張した面持ちで神父と入場してきたあと,会場にいる全員が後方へと向き直り,お待ちかねの時間がやってきた。 「新婦の入場です」 掛け声と同時に扉が開くと,神々しいまでの光の中に,この大して長くもない人生の中で,もっとも隣で歩いてほしいと願った人の美しい姿が浮かび上がった。 ――ああ。 何でその先で待っているのが俺ではないのかと,そんな下衆な言葉なんて浮かんでこないほど,清廉で美しい姿だった。 愛しい人の人生で最高な瞬間にだけ浮かべられる表情に,俺はそれを間近に見ることが出来たことを素直に幸せであると感じた。 「りょーたくん!はい,ちょこれーと!」 それから5年後のバレンタイン。俺はっちにそっくりな愛らしい天使から,チョコレートを授けられた。 「ありがとうっス!!」 頭をわしゃわしゃと撫でながら笑顔でお礼を言うと,天使は恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして,たたたっと小走りでっちの後ろに隠れた。 「この子ったら,黄瀬くんのこと,本当に気に入ってるのね」 「この子にとっての初恋は,黄瀬くんなのかもね」と,微笑ましそうに,温かい瞳でその愛らしい天使を見つめる彼女を,黒子っちはふてくされたような表情で見つめて言った。 「チョコレート,僕にはないのに,黄瀬くんにはあるんですよ。正直,ムカつきました」 加えて,「この子に手を出したら,いくら黄瀬くんでも許しませんよ」とつぶやく黒子っちに,「黒子っち,ひどっ!!」とおちゃらけて答えつつも,俺はこっそりほくそ笑んだ。最後に,ちょっとだけお返ししてやれたっス!心の奥底で呟き,小さく指を鳴らした。 top |