2月14日。全校中の女が浮足立つ日。この女も例外ではない。昨日の夜から必死こいて準備して,「作り置きはあげたくないの!」なんて今日も早起きして作ったのを俺は知っている。 「だーいーき!待ってよー!!」 この日ばかりは顔なんて見たくもねーから俺は見つからないようにこそこそと家を出たのに,やっぱり見つけられてしまい,一緒に登校するハメになった。 「もう!学校一緒に行こうって約束してたのに,何で先に行っちゃうわけ?!」 「てめーがおせーからだろうが,そもそも俺は約束なんてした覚えはねー」 「私はいっつも寝坊ばっかりでおっそい大輝を迎えに行ってるじゃん!!」 「頼んでもねーのにお前が勝手にやってくるんだろうが!!」 「今日はラッピング変じゃないか確認してほしいから絶対一緒に行こうねって言ってたでしょ!」 こいつは本当に人の気持ちがわからない。というか,俺の気持ちを全然わかってない。この世のどこに(死んでも認めたくはないが)好きな女が,他の男の為に準備したブツの最終チェックなんて喜んでしてやる男がいやがると思ってんだ。 「んなの知るかよ,俺は胸がでかい女からもらったモンならなんでもいーしな」 「大輝ってほんっと最低!!黄瀬くんとは大違い!!黄瀬くんだったらそんなデリカシーないこと絶対言わないもん!!」 ちっ,と思わず舌打ちをしてしまった。このクソアマ,よりにもよって黄瀬なんかと俺を比べやがって‥!いつから一緒にいたのかもわからないくらいずっと前から一緒にいるくせに,こいつは本当に,俺の気持ちなんて知る由もなく,黄瀬くんがかっこいー!だの黄瀬くんと目が合ったー!!だの,俺への嫌がらせかのように,黄瀬のことになったらこれ見よがしに騒ぎ立てる。 ある日バスケの練習に来ていたこいつを見て,俺の応援にでもきてんのか?なんてのんきなことを考えた自分を呪った。黄瀬を見つけるなりきらきらと目を輝かせたを見て誰がお目当てで来たかなんか聞かなくても一発で分かったし,黄瀬は黄瀬でいつものような営業スマイルで手を振って愛想振りまいたりなんかしてるから余計にこいつがきゃーきゃーくそうぜー声で騒ぎ立てやがって,性質がわりぃ。 「‥俺今日寝てなくてまじだりぃからまとわりついてくんな」 まったく俺の空気を読む気配のなかったから,わざといつになく無愛想な態度をとって強行突破しようとしたが,やっぱりこいつは全く俺の空気を読んじゃあくれなかった。 「ね,大輝!!だーいーきったら!!何で置いてくの?!ラッピングチェックしてったら!!待ってー!!!」 少し小走りで急いでも諦める気配はない。俺はブチギレて振り返った。 「大体てめーは頑張っても所詮大勢の一人だろーが!!だから頑張ったところで何も変わんねぇだろ!!!」 一目で分かった。俺の一言でこいつが酷く傷ついたと。時間がたつにつれ瞳が潤んでいく。 「そんなの,わかってる‥!わかってるけど‥!でも‥!」 今度は顔を両手で覆ってすすり泣き始めた。ほんっとまじでクソうぜー!わりーのはこいつなのに,これじゃあ俺が悪いみてーじゃねぇか!!だがしょうがねぇ,俺はちっ,ともう一度舌打ちをして近寄った。 「おいこら,ガキみてーにふてくされてねぇでこっち向けよ」 こいつは本当に強情な女で,こうなったら梃子でも動かない。いつもの俺ならこいつの気が済むまで付き合ってやるが,今日の俺はすこぶる機嫌が悪い。こうなったら,意地でもこいつに顔を上げさせてやる。 「俺にくれよ」 ほうら,作戦成功だ。さっきまで頑なに動くことがなかったくせに,びっくりしたように顔を上げた。 「はぁ?!?!?!」 「だから,その黄瀬にやるはずだったそれ,俺にくれ」 「はぁ?!何でよ!!やだよ!!これ黄瀬くんのために一生懸命作ったんだよ?!やだに決まってるでしょ!!」 このクソアマ,守るようにかばって抱きしめて,頭をぶんぶん振りやがった。まあいい,正直かなりムカつくが,すぐに形勢逆転だ。 安心しろよ,すぐにでも黄瀬のことなんて,頭からなくなっちまうようにしてやんよ。 俺はこいつの頭を片手でがしっと掴んで,俺はこいつの目線の高さに顔を近づけて,俺とこいつの視線がかち合った。 小さい頃は,その頭は俺の手よりずいぶん大きかった記憶があるが,今では随分俺の手より小さく感じた。 「てめーからのチョコを待ってるやつがいるっつってんだよ,いい加減に気づけよばーか」 その時のこいつの反応といったら,それはもう笑えるっつったらなかった。 しばらく時が止まったように固まって,固まっていたかと思えば顔を真っ赤にして,顔を真っ赤にしたかと思えば目を見開いて,俺を指差した。 「は‥?は?は?!?!」 口をぱくぱくさせて,“は”を連呼するKYなバカ女を置いて,俺はふん,と鼻で笑って,ほら行くぞと,学校へと向かった。 「待ってよ!!今のどういう意味?!ねぇ!!どういう意味?!?!」 なーんて声が聞こえた気がしたが,一生に一度だけだ,もう二度と言ってなんかやらねぇ。 ほら,もう黄瀬のことなんて,頭からなくなっちまってんだろ? top |