女のために男が変わるなんて愚の骨頂だと思っていたにも関わらず,自分がそんな男に成り下がってしまうなんて夢にも思っていなかった。
女なんてバカで脳内お花畑などうしようもない生き物だと思っていたのに,だけはどうも違う。
同期入社の男に違う部署のあの女を紹介してもらってからというもの,今までの俺にはありえなかったことばかり起こる。 まずデート,今までだったら適当なモンでも食って適当にぶらついてホテルにでも連れ込んで次の日の朝にはバイバイでよかったのに,だったらそうは行かない。 美味そうな食べ物屋なんて見つけると,“ここ美味そうだな,も好きそうな雰囲気だな”なんて考えている自分がいる。 挙句の果てには気づけばスマホであいつが行きたがりそうなデートスポットなんて探してた,俺自身の変わりようがあまりに不気味で,毎度毎度そっとブラウザを閉じている。 ホテルなんてとんでもない,悔しいことに,どれほど性欲が限界に達していようと,あいつの屈託のない笑顔を向けられると,俺の中の悪どい部分が全て流れ出ていってしまう。 プラトニックなお付き合いなんてクソくらえ,考え方だけは未だに変わっていないくせに,に対しては頭の中で考えていることと行動が全く伴っていないのだ。 次に,とにかくこいつが気にかかってしょうがない。 他人の不幸は蜜の味をモットーに生きてるこの俺が,にほんの少し悲しそうな顔でも見せられたら,気になって気になって,柄でもないと思いつつも, 恥を忍びに忍んでとうとう,何かあったのかよ,とつい声をかけてしまう。 かと思えば,業務のことだろうが他愛もない内容だろうが,他の男と笑顔で話をしているあいつが目に入るだけでもう無性に苛立ってしょうがない。 の笑顔が俺以外の男の瞳に映っているという事実だけで腸煮えくり返りそうになるのだ。 何よりの口から他の男の話題が出た時だ,ついこの間までの俺なら 「そんなにその男がいいんならさっさとそいつのとこにでも行けよブス,じゃーな」くらい言ってのけてさくっと縁を切っていたのに, にはそんなこと言って器の小さい男だとレッテルを張られては困るから,俺は大得意の爽やかな笑顔を浮かべて,楽しそうに聞いてやる。 今までだったらとにかく自分勝手に相手を振り回してそれでも花宮くんが好きなの, なんて泣いて縋ってくる女を俺が飽きるまでただ隣に置いていただけだったのに,こいつにだけは嫌われたくなくて,つい柄にもなく気遣ってやってしまうのだ。 極めつけは,結婚願望なんて丸きり持ち合わせていなかったはずなのに,本屋やコンビニでついつい結婚情報誌に目がいってしまうことだ。 高級そうなジュエリーショップや,ウェディングドレスのショップの前を通ると,ついこれを買って行ったらあいつ喜んでくれそうだな, これを着てるあいつが見たいな,なんて考えている自分がいる。 俺が俺でなくなっていく。あいつにペースを崩されまくっている俺自身のあまりの情けなさに,不快でたまらないのに, 「私,花宮くんの彼女になれて,ほんっとに幸せ!」 この笑顔を見るだけで,そんな黒い感情は真っ新に洗われ,今まで感じたことのない感情が,ただ俺を覆い尽くす。 こんな俺も悪くないと,ちらっと浮かんだ考えを,頭の隅っこに追いやった。 top |