「‥‥‥」
目が覚めると,ひたすらに続く闇の中にいた。
(ここは‥どこだ?)
何の記憶もなかったけれど,そう心の中でつぶやいた途端,
「‥っ‥」思わず顔をしかめる程度にいつものようにこめかみが疼き,俺は死ぬ直前までの出来事を思い出した。
オレはが死ぬときにどんな気持ちだったのかを知るため,BRに参加した。
を殺されたことへのやり場のない怒りからだろうか,俺はなぜか全員抹殺を決心した。
他の奴らを殺したように,川田(他人に興味なんて持ち合わせていないが,同じ転校生だったからか,川田という名字だけ覚えていた。あとは一人も知らない),
そして隣にいた男も女も殺してやるつもりだった。
けれど川田にとどめをさそうとしたときに俺は思ったのだった。
何人殺しても,の気持ちなんて分からなかった。
もしかしたら,のようにバトルロワイアルで死んだらの気持ちがわかるのだろうか?
もともとのいないこの世界への執着なんてものは,俺にはなかった。だからわざと川田の弾に当たった。
そして,死んだはずの俺は,なぜかもう一度目を覚ました。加えて,見知らぬ場所にいた。
何故か先程まで感じていた川田に撃たれた傷の痛みもない。
(‥どうなっているんだ?)
だが,桐山にとっては多少不思議に思う程度のことであって,そんなことどうでもいいことだった。
一番――自分にとって何よりも一番――大事なことがあった。
「…」
先程から,けれどもっとずっと前,がいなくなったときから,
否,もしかするとと初めて出会ったとき,それかもっとずっとずっと前の前世から,
のことばかりしか桐山和雄の中にはなかったのだ。
――何人殺しても,実際に死んでみても,の気持ちなんか分からなかった。一緒になれなかった。――
オレ達は約束したんだ。
オレがに告白したとき、『ずっと一緒にいる』,と。
なのに‥守ってないじゃんか,バカ野郎。
その時だった。ふいに,どこからか高く,美しい,澄み切った声が聞こえてきた。
「和‥‥‥?」
聞き間違えるはずもない。何度も何度も聞いていた,何度も何度も愛しいと思った,
そして何度も何度も焦がれた,
「‥!!!」
それはまさしく,の声だった。
声が聞えてきた方を意識より断然早く向くと,最後に会った時と変わらぬ美しさのがいた。
むしろ前より綺麗になったかもしれない,とさえ思った。
俺は無我夢中で走り,を抱きしめようとした。が,できなかった。
そこにあるはずのの体だったが,ふっ,とすり抜けてしまう。
実体がないらしかった。というか,たぶん俺自身も実体がないのだ。
「久しぶりね」
けれどは以前と変わらぬ口調で話しかけてくる。ここには存在している
オレはその時,大方を理解した。
ここは,死者が行く――死後の世界,天国と地獄の狭間なのだろう。
けれど俺には理解できないことがひとつあった。
「何で‥がいるんだ?」
とっくに死んだはずのが,何故まだここにいるのか‥理解できなかった。
(この時,俺は実は少し安心していた。が死んで,俺は言葉が話せなくなっていたらしい。
と話せないのならいらないと思っていた声も,と会っている今,そうはいかない。
やっとに会えたので,以前のように言葉を発してみたら,以外にもすんなりと出た。
これからと話ができるらしい。俺はほっとしていた)
「ここが何の世界か,和ならたぶん,分かってるわよね」
「大方なら」
「天国と地獄の狭間。本当なら私は,とっくに天国にいるはずなのよ」
やはり俺の考えた通りだった。
が死んだのは随分前。もうとっくにあの世へ行っているはずだ。
(そしてなら間違いなく天国に違いない)
「私は,行かなかったの」
「!」
「なぜだかわかる?」
俺は行かないなんて選択できるものなのか,と驚きつつ,の言う理由を考えてみたが全くわからなかった。
はそんな俺の様子を察知したらしく,今まで見た中で一番美しい笑顔を見せて,こう言った。
「和との約束を‥守るため」
「‥え?」
「覚えてるでしょ?ずっと一緒にいる,って」
「…あぁ」
俺は感情なんてものがわからないから定かではないが,多分嬉しかった。
俺が覚えていたことをも覚えてくれていて,
俺が全力で守ろうとしていたことを,も守ってくれるなんて。
そしては続けた,
「でも‥あなたは地獄に行かなきゃいけない。人を殺したから。
私は天国に行く。この意味,分かる?」
「‥‥‥」
俺は多くの人を殺した。
だから幼い頃聞かされた物語の原理にしたがうのであれば,地獄に行くことになる。
こういうことだ,ここでお別れ。
俺は初めての経験をした。後悔。今までは一度もしたことなんて,なかった。
殺す時だって,何の躊躇もなかったのに。今では後悔している,何で,そんなことをしたんだろう。
と離れ離れにならなければならないのだろう。
俺はそのときどんな顔をしていたのかわからないが(悲しそうな顔でもしていたのだろうか),はもう一度,美しく微笑んだ。
俺たちは今から離れ離れになるのに,どうして笑っていられるんだ?と思ったが
,の笑顔は,何かを決心したような,先ほどの何倍も美しい笑顔だった。
「でも,私は,あなたとは離れたくない」
「‥‥」
「和。あなたがいない天国なんて,私には地獄なの」
「‥‥?」
「あなたがいるなら,私にとって地獄は天国よ。あなたが一緒にいることだけが私にとっての何よりの幸せなの」
「‥‥どういう意味だ?」
「‥私は頼んだの。あなたと一緒に,地獄に行くわ」
最高の笑顔では言った。
それ程までに俺のことを愛してくれているのだと実感した。
おそらく行って何のメリットもない地獄へついて行くほど,俺を愛してくれているのだ。
「ほら‥早く行こう?」
手が優しくさしのべられる。
オレはの手をとり,強く握りしめた。
俺のせいでを地獄に連れていくのはすごく気分が悪いが,何があってもどんな困難が待ち構えていても,俺がを永遠に守ってやる。
もう離さない。二度と離さない。
は永遠に俺だけのものだ。
オレにとってのこの天使は,もう手放さない。
back..