これは夢なんだ。
どれほど願っても,目覚めたらいつも通りの朝でした,なんて夢オチはなく
この悪夢のような現実に引き戻されるだけだった。
『さあてーこれで残りは,桐山和雄くん,
さんの二人だけになりましたー。
二人とも,最後まで元気に殺しあってくれよー。
くれぐれも時間切れなんてことにならないようになー』
もう,どのくらいの間こうしているのだろうか。
何時間,何十時間,いや,もしかするとほんの数十分ほどのことなのかもしれないが,
私には永遠のように感じられた。
「,寒くないか?」
「ううん,大丈夫だよ。ありがとう,桐山くん」
「ああ」
こんなくそみたいなゲームの中本当に奇跡に近いと思うが,
私たちは無事に会うことができ,
片時も離れることなく,二人揃って生き残ることができた。
そして気づけば,残りは私たち二人になっていた。
つまり,私たちが殺し合えば,このゲームは終了する。
だけど,私には自分が生き残って家に帰るために桐山くんを殺そうだなんて,
少しも考えることはできなかった。
危険を冒しながら私を守るためだけにあの廃校で待っていてくれた桐山くん,
それから何度も危ない目に遭ったがずっと守ってくれた桐山くん,
食事,睡眠,何一つ不自由なくとらせてくれた桐山くん。
今だって絶対に寒いはずなのに,この大雪の中,毛布,自分の学ラン,
全て私にかけてくれている。
私なんか,桐山くんがいなかったらここまで生き残れているはずもないのだ。
私は,せめてここまで私を大切に守ってくれた桐山くんを今度は自分が守ろうと
自殺を図ろうとした。
「,何をしているんだ!」
「桐山くん‥ごめん,いっぱい迷惑かけちゃったから
せめて桐山くんのために死のうって――」
私がそう言うと,いつも無表情の桐山くんが,
少しだけ悲哀に顔を歪ませて
(そう見えただけかもしれない,しかし少なくとも,私にはそう見えた),
「俺はたぶん今,こう,考えている。
俺は今,が死んだときのことを考えてみた。
よくわからないが,すごく複雑な気持ちがした。それは嫌だと思った。
そしてそうなった場合,俺はきっと,お前の後を追い死ぬだろう。
お前が死んだあとの俺は,生きる意味を失くした,と思うだろうからだ。
もし,今この状況をお前が辛いというなら,
俺は死のうと思う。理解してくれるかな?」
「だ‥ダメだよ!!そんなの絶対にダメ!!
そんな‥そんなの,私こそ生きる意味を失っちゃうよ‥」
桐山くんは少しも顔色を変えずに,
「わかった。では,どちらも死なずにずっと一緒にいよう」
「強くなってきたね,雪」
「ああ,そうだな」
風も強くなってきて,本当に寒かった。
こんな真冬にプログラムを開催するだなんて(真冬じゃなくても,だが),
政府の連中は本当に頭がおかしいと思う。
殺し合う前に,凍死してしまうではないか。
(実際私の与り知らぬところ,何人か凍死によって死んだ生徒はいた)
どうせ今頃政府の連中は,冷暖房完備の暖かい部屋で,
ソファで寝ころんで温かいコーヒーでも飲んでいるのだ。
政府の連中への愚痴はともかくとして,
私は桐山くんが寒くないだろうか,というのが心配だった。
ずいぶん前から自分には構わず私を温めてくれているのだ。
「ねえ,桐山くん,そろそろ着て,暖かくしようよ。
風邪ひいちゃったら大変だよ」
「俺は構わない」
もう何度このやりとりをしたかわからないが,
桐山くんは構わない,俺は風邪を引くような体ではない,
寒くない,大丈夫だ,お前が温まる方が大切だと受け取ってはくれなかった。
心配ではあったが,そんな優しいところにこんな状況でも
心の奥底からじわっとあたたかいものが広がっていった。
無表情だし,無口だし,その割に不良のリーダーなんてやってて,いい噂はないけど――
桐山くんが,大好き。
「,眠くはないか?まだ時間はある。眠るといい」
「うーん,ちょっと疲れてるけど,
私より桐山くんが寝たほうがいいと思う。
桐山くんが寝て」
「俺は数日くらいなら寝なくても大丈夫だ。
疲れてるのなら休んでくれ」
「けど‥」
桐山くんがほほ笑んだような気がした。
「それなら,お前が寝たのを見届けてから俺は寝ようと思う」
「うーん‥わかった,それならいいよ」
桐山くんは冷たい表情のまま,私を抱きしめた。
「桐山くん‥」
「どうした,」
「私,死ぬの,すごい怖いけど,桐山くんとなら,怖くないよ‥」
「‥‥」
「ずっと,一緒‥」
「‥‥」
「私たち,ずっと,一緒だよね‥?」
「‥ああ」
「お休み,桐山くん」
「お休み,」
そのとき私は確かに,桐山くんのぬくもりを感じていた。
そして私は目を覚ました。
桐山くんは,やっぱり,私を強く抱きしめてくれていた。
けど,それは,本当に冷たくて――
もう,私が呼びかけても,目を覚ましてくれることはなかった――。
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