『女子さんです』
「え‥?」



「かっこよくなったね,弘樹」
「お前こそ,世界で一番かっこいい女だ」


最後に幸せそうに微笑んで動かなくなった貴子を見て,
今まで築き上げてきた貴子との思い出が蘇ってくる。
涙が止まらなかった。
このまま貴子を一人にするのはひどく躊躇われた。
けれどここで立ち止まっているわけにはいかなかった。


俺はプログラムが始まってから,ただずっと探し続けていた。
貴子は小さな頃からずっと一緒にいた本当に大切な幼馴染で,
貴子と過ごした時間はかけがえのないもので,
俺にとって貴子は本当に大切な人間だ。
しかし,貴子とどちらかを選べ,と言われたら――
その選択肢は捨てられないほど,俺にとっては大切な人だった。





「弘樹,あんた,に惚れてるでしょ」
「えっ‥ええ?!た,貴子,何を言い出すんだ」
「あら,あんた,長年幼馴染やってて,気付いてないとでも思ってたの?
相変わらずね。ほら,それなら,早くのところに行ってあげなさい。
私はもう,きっと,に会えない――。
こんな死に掛けの幼馴染なんて放って,早くを――」
「何言ってるんだ。俺はどちらが大事とかじゃないんだ,
俺は貴子もも,どちらも本当に大切に思っているんだ。
お前を置いてなんて行けないよ――」
「何泣いてるのよ,相変わらず泣き虫なのね。
私,あんたのこと,強くなったなって,ちょっと,かっこよくなったのかなって思ってたのよ。
私,本当に強い男っていうのは愛する人を自分の命を懸けて守りぬける男だと思うわ。
あんた,強くなった。昔した約束,果たせてると思うわ,だから――」


を守って。あんたの命をかけて。今のあんたなら,できるわよね?」





「三村くーん!頑張って!!」
「キャー!!秋也くーん!!」


球技大会のバスケの試合,
バスケ部の三村,運動神経のいい七原や三村は大活躍,
何をするにも黄色い大歓声。


無事B組が優勝し,みんなが抱き合って喜んでいる中で,
七原と三村の胴上げが始まった。
明日は2人とも呼び出しで大忙しだな。
俺もそれなりに活躍したんだけどな,
まあ三村や七原みたいに,俺はいい男ではないからな。
『なに弱気なこと言ってんのよ』なんて貴子の声が聞こえてきそうで俺は笑った。


俺は別に大歓声なんていらなかった。
貴子の「お疲れさま」って言葉,
そしてほんの少し欲を言うなら,あいつの――。

「杉村君,優勝おめでとう!」


タオルと冷たいスポーツドリンク,
そして誰もが魅了される温かい笑顔を携えたの言葉があれば。


絶対赤くなっているはずの顔を見られまいと少し顔を背けた。


「ありがとう。本当にみんなのおかげだよ。
特に七原と三村がいなかったら,負けてたよ」


俺がそういうと,は大きな目をさらに大きくして言った。


「どうして?三村君とか七原君を必死にフォローしてたのは杉村君だよ?
私は,杉村君がいなかったら負けてたかもしれないって思う!」


そう言って,「杉村君はほんとに謙虚だね」と笑った。
違うよ,俺は謙虚なんかじゃないよ。
今だって,お前にそういってもらえたことをこんなに喜んでる。
強くなるためには,常に謙虚な姿勢で現状に満足せず
上を目指していかなければならないと,あれだけ学び修行をしてきたはずなのに。


!俺の3ポイントシュート見ててくれたか?」
「あれは俺がお前にボールまわしたから決めれたんだろ!
ねえ,そ,そんなことより,さん,今日の俺,活躍できてたかな?」


気が付けば,が三村や七原に囲まれていた。
2人がのことを気にしているのは誰の目にも明らかだった。
まあ七原は女子相手なら誰にでも優しいところはあるけど,
特に三村はと話すようになってからあまりいい噂を聞かなかった女性関係も
ぱったりと途絶えたようだった。


男の俺から見たって,三村と七原はかっこいいしいいやつだから,
はきっとどちらかと付き合い始めるものなのだろうと思っていた。
少し,いやもしかしたら,少しではないかもしれないが,
そのときはこのちょっとした気持ちは永遠に封印しようと心に決めていた,
それなのに――。





いつからだったのだろう,
こんなにのことを考えるようになったのは。
初めて見たときから?
あの他人と無闇に関わろうとしない貴子と
仲良く話すのをよく見かけるようになったときから?
クラスのやつらがっていい女だよな,と話しているのを聞いたときから?
七原が国信に,「俺,さんのこと,好きになったかもしれない‥」
と話しているのを聞いたときから?
三村がに本気らしいという噂を聞いたときから?


考えても分からない。
しかし気付けばは俺の中で本当に大きくなっていた――。





なのに,なのに――。
オレは助けることができなかったんだ。

こんな放送なんかで,あいつの名前を聞くことになるなんて,思ってもいなかった。
生きたに会いたかった。
貴子もも守れなかった。
貴子と約束したのに。
たった1人好きだった奴も守れなかった自分のふがいなさに涙が溢れた。
でも‥もう,会えなくても,最後にあいつの姿を確認したかった。
そう,自分が死ぬ前に――。





俺は見つけたんだ。
俺はやっと見つけたんだ。
俺がこのプログラムが始まってからずっと探し続けていたあいつを。
俺が密かに思っている、あいつを。


!!」

がいた。
茂みの上で仰向けになって,静かに横たわっていた。


‥」


の死に顔は,あまりにも安らかで,
でもどこか,遠くの方を見ていて,儚げで――。


オレは狂っているのだろうか?


はもう死んでいるのに,
こんなさえも,とても美しく見えた。
いつものと変わらないほど美しかった。





でも,もうどんなに願っても,笑ってくれない。
いつかの平和な時代のあの球技大会のような無垢な笑顔は,誰にも向けられない。
そして,もう二度と,動くことはないのだ――。
俺の憧れたではないのだ。


俺の目に涙が溢れ,
涙の粒は頬を伝いの胸の辺りにパタッと落ちた。





耳に,ぱらららという古いタイプライターのような音が入った。
逃げようとしたが,もうそのときには,意識を失ってしまっていた――。





愛する弘樹の命を奪ったのは,他でもない,私でした――。





杉村の遺体が,の遺体に重なり,
二度と動くことはなかった――。







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