坊さんのお経と,クラスのやつらのすすり泣く声しか聞こえてこない。
オレはの葬式に来ていた。
こんなに哀しい葬式は叔父さん以来だった。
の葬式には,大勢の人が集まっていた。
可愛らしい容姿と屈託のない明るさと優しさで,クラスどころか,学校,はたまた他校の連中からも男女問わず人気があった。
内海やそのグループ,他の平々凡々なクラスの連中はもちろん,
あまり女とつるんでいるところを見受けない千草,授業でさえもさして見かけることのない相馬,桐山ファミリーなどの顔ぶれがあった。
「おい,お前は千草と話すの怖くないのかよ?」
「何で?貴子はすごく友達思いの優しい子だよ」
「いやまあそんなことないとは言わないが,結構女子は怖がって寄りつかないじゃねえか。
ましてやお前相馬となんかよく普通に話せるよな,俺だって結構おっかねえのに」
「うーん,光子も,個性的なだけでほんとはすごくいい子なんだよ?
みんなが思ってるような子じゃないんだけどなあ」
「じゃあお前,桐山もいい人,だなんて言うのかよ」
「桐山くんは落ち着いてるだけで,話してると面白いんだよ。天然っていうのかな,そんな感じ」
「まあ,誰とでもわけへだてなく話す,ってのはのいいところだよな」
「うーん,話したいから話してるだけなんだけど。いいとこならよかった!」
相馬たちを見ていると,かつてのとの思い出とあのまぶしい笑顔を思い出して辛くなり,俺は目をそらした。
なんでは死んだのだろう?
俺が知っているのは,の亡骸,城岩町で1番高いビル,揃えられていたローファーだった。
あれはきっと自殺だった(完全犯罪でも行われてない限りは。に限ってそんな心当たりがあるはずもない)。
あんなに明るかったが死ななければならない理由なんてものが思いつかなかった。
最後の会話となった(考えたくもないが),あの昼休み,あの時のの態度が気になって仕方がなかった。
オレはオレなりにを愛していた。
本気の恋がわからなかった俺が,初めて本気の恋だと自信を持って言える,それがだった。
女の扱いなんてその辺の男子中学生に比べたらお手の物,のはずの自分が,
相手がとなると右も左もわからなかった。
容姿端麗,成績優秀で,けれどそれらを鼻に掛けることはなく明るくふるまうはめちゃくちゃにライバルも多かったが,
俺なりにを愛していたし,を愛したくて,俺は一世一代の告白をした。
OKもらえたときは死ぬほど嬉しくて,結構真剣に豊とダンスを踊った(豊は本気で嫌そうだった)。
今までだったら付き合った女とは即行寝てたけど,にはそんなこと出来なかった。
純なを壊したくなかった。
だからにだけは命を懸けても何もしなかった。
けれど俺の今までの行いが悪すぎたらしく,女たちの方も,
さんと付き合い始めたのね,仕方ないわね,わかったわ,じゃあね,なんてうまくはいかなかった。
俺は真剣に恋をしてるから別れてくれと何度言っても,なかなか引き下がってはくれなかった。
かといって俺はと真剣に付き合いたいと心から思っていたので,無視し続けていた。
そしてとうとう俺は無視を決め込むことができなくなった,それは決定打だった。
「来てくれないっていうんなら‥さんがどうなってもいいってことだととるわよ。それでもいいの?」
俺はとうとう行ってしまった。そしてその女もこれはいい手だと言わんばかりに何度も何度もその口実で俺を引っ張っていった。
俺は仕方なかった。なんてことは,俺の甘えだった。
俺だって,結局健全な男子中学生,据え膳食わぬは恥,なんてことはよろしく,快楽を求めていたのだった。
そんなばかな俺に天罰が下っても当然だってのに,このときは微塵にもそんなことは思っていなかった。
「三村‥」
その時,俺を呼ぶ声がした。七原だった。
確か七原ものことが好きだったはずだ。
オレと付き合うという話を聞いたその夜,泣いていたと国信が洩らしていたらしい。
七原は下を俯いていた。長い前髪で表情がわからないな,けれど何となくたたごとではない雰囲気なのは察知できたので,尋ねようとした,その時,
「‥この野郎!!!」
七原に殴られた。それもたぶん,思いきりだ。
こいつは運動神経はものすごくいいが,生憎俺も悪いわけではないし,けんかも専門外ではない,
避けることができたから吹っ飛ぶなんてみっともない格好にはならずに済んだが,
それにしても七原とは良い友好関係を結べていると思っていた俺は,いきなり受けた仕打ちに理解ができなかった。
何がなんだか分からなかった。何だこいつ?
ぽかん,としている俺をよそに熱血漢七原は燃え上がっていて,驚くべき言葉を俺に叫び投げかけてきた。
「三村!お前が殺したんだ,サンを!!」
一斉にその場にいた全員の視線が七原に注がれる。
しんと静まり返った会場は,すぐにざわめきが起こった。
おい,ちょっと待ってくれよ,七原。何か勘違いしてないか?
俺は初恋の相手を失った可哀想な男だぜ?
いやまあ俺も悪いところはいっぱいあるけど,それでも大好きな相手の殺人犯にされるような覚えはまったくないぜ?
俺はお前の熱いところは嫌いじゃないけど,それでも今回のはさすがにいきすぎてないか?
「ちょっと待てよ,七原。いきなり殴っといて,今度は何だ?」
俺は至極冷静ではいられたが(まあ,多少混乱しているが),七原はまだ落ち着くことができないようだった。
「待てるか,来い!」
瞳に真っ赤な炎を燃やし,七原は俺を,誰もいない小さな公園に引っ張っていった。
「何だよ七原?何だってんだよ?俺が何したって言うんだよ?意味わかんねえよ」
「‥オレはサンを抱いた」
‥‥は?
何言い出してんだよこいつ,いきなり?
「は?」
「本当だ」
本当だ,だと?
‥‥‥
ふざけるな!!
「痛ェ‥」
七原を殴った,という行動に,俺自身がとても驚いた。
無意識だった。あれほど冷静さを失ったら負けだとわかっていたはずなのに,俺はその一瞬我を失っていた。
これが冗談だったとしても(こんなたちの悪い冗談がどこにある?),俺が知っているという人物を穢されたような気がしたのだ。
「何意味わかんねえこと言い出してんだよ。なんでお前がを抱くとかそんな話になるんだよ?!冗談だとしても笑えねえよ!!」
「‥‥‥」
「意味分からねえぞ!!」
「‥‥‥」
「おい,答えろよ!!」
もう頭に血は上りきっただろうか?
今のオレの辞書には“冷静”なんて言葉はなかった。
ただムカツいたから殴る。
はっ,それじゃあオレが軽蔑している不良と同じじゃんか。
そしてしばらくだんまりを決め込んでいた七原が,とうとう口を開いた。
「‥お前はサンを愛してたのか?」
は?俺は思わず声に出した(全く,今日は心から驚かされることばかりだぜ)。
殴られた第一声がそれかよ?
「‥答えろ」
何で七原に俺の愛をぶつけなきゃならないと思ったが,
感情的になっていたのも相まって,俺は叫んだ。
「‥ああ愛してたよ,世界で一番愛してたよ!!
今までの女全て足しても足らないくらい,すごく愛してたよ!!
だからオレから告ったんだよ,それがどうしたんだよ!!」
七原の顔が切なげに歪んだ。
本当に今にも泣き出してしまいそうだった。
いや,実際には泣いていたのかもしれない。
「‥サンが飛び降りたその日,俺,サンに呼び出されたんだ」
「‥に?」
「‥ああ」
こいつが何を言いたいのかは全くもって分からなかったが,なにかあるのは分かった。
意味ありげな,神妙な顔つきをしていた。
「サンは,お前の浮気現場を見たらしい。
知らない女とホテルに入っていくところを」
オレはハッとした。
と最後に会話をしたあの日の前日,確かにいつもの女と会っていた。
だからあんな態度だったのか,と思った。
を傷つけたことに,気付けなかった。
「サンはだから俺を呼び出したと言っていた。
抱いてくれ,って。全てを聞いてくれ,って」
「何だと‥」
「あの時に,きっと決めてたんだよ,自殺することを。ずっと泣いてた」
「嘘‥だろ?」
「嘘なんかじゃない。本当のことだ‥」
俺はばかなんて言葉じゃ全く足りないほどのばかだった。
オレは腰が抜けて,地面にひざをついた。
後悔なんて言葉じゃ言い表せない。俺は一生かけても償えない。償いきれない。
心にぽっかりと穴が開いたようだった。けど,それはきっとの方だ。
七原が,何度も何度も地面を叩きつけて叫んだ。
「何で‥好きなら何でそんなことしたんだよ!!
オレが,サンのこと好きだったの知ってたんだろ?!
お前のために諦めたの知ってたんだろ?!
だったら‥なんで‥!!」
泣きわめく七原の声はオレの耳に入ってこなかった。
ただただオレの目には涙が滲み,そして流れた。
その後七原とはわだかまりは解れた。けれど本当に謝らなければならない相手は七原ではなかった。だった。
しかし,もうに許してもらうどころか,謝ることさえもできない。
は,遠い遠い,俺の手の届かないところへ行ってしまった。
心にぽっかりと穴が開いた,そんな状況で迎えた修学旅行は,地獄への入り口だった。
きっと,を傷つけた俺への罰なのだろう。
飯島を殺し,豊を失い,殺したと思った桐山は死亡どころか,まだぴんぴんしていた(生き返ったのだろうか?まあそんなはずはないが)。
俺が思うのは,ただただ,のことだけだった。
――に,会いたい――。
放たれる鉛玉のシャワーを浴びながら,オレは思った。
思った。桐山。クソ,オレは結局お前に負けたわけか。
思った。豊,オレは一瞬気を抜いてしまったんだ。すまない。
思った。叔父さん,ざまあねえや。
思った。郁美。お前は幸せな恋をしろよな。にいちゃんはマトモな恋が,もうできない。
思った。。これだけは分かってくれ。オレは,お前のことを心から愛していた。オレは――。
もう一度桐山和雄のイングラムが火を噴き,信史の思考はそこで中断した。
「お前はを殺した。だから俺はお前だけは殺すつもりだった‥」
桐山は独り言のように呟き,その場から立ち去った。
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